巨 大 ク レ ー タ ー
天 体 の 衝 突・恐 竜 の 絶 滅

ASTROLOGY

天体の運動法則と人間活動





隕石の衝突

惑星探査機マリナー10号が、1974〜1975年の3度にわたって水星の探査を行った結果、水星の地表が月とそっくりのクレーターで覆われていることが明らかにされた。水星のクレーターは月と比べて小さいのが特徴である。

水星だけに見られる特徴的な地形は、表面全域に切り立った長い断崖が見られる。

高さは2〜4kmで長さは500kmにも及ぶ壮大なものである。水星の誕生時、高熱からコアとマントルに分化する時期に水星全体の収縮が起こり、圧縮力で形成されたと考えられている。

月と水星に同様なクレーターが見られることは、惑星が形成されて以来多数の隕石が衝突したことを意味している。

当然、地球にも多くの隕石が衝突してきたものと思われるが地球はプレート運動や大気があり、風雨で浸食され長い年月にはクレーターが風化してしまい形が変化して原形を残さなくなっている。

地球の表面積の3/2を占めている太平洋や大西洋等の海洋には、相当数の隕石が衝突しているものと思われる。

クレーターの形が残っている代表的なものは、写真でよく見られる米国のアリゾナ砂漠にあるバリンジャークレーターである。

やや四角形で直径1.2km、深さ200mである。約50,000年前、直径約30m、63,000トンの隕鉄塊が秒速15kmで衝突してクレーターを形成したものとみられているが、隕石自体は衝撃と爆発のエネルギーで消滅したようである。

雨の降らない砂漠地帯で激しい浸食を受けることがなかったことで、形状が比較的よく保存されている。

月面では、この程度の大きさのクレーターは殆ど目立つことがないくらい小さいものである。

世界各地で、天体の衝突によると思われるクレーターで形が残っているものは120個程度とみられている。

現在、地球で確認されている直径100km以上の巨大クレーターは次の4箇所である。

カナダのオンタリオ州のサドバリ・クレーター、南アフリカのブレデホート・クレーターは直径140km、カナダのケベック州のマニコーガン・クレーターやロシアのポピガイ・クレーターである。

これほど巨大なクレーターができるような衝突が起こると、地球の大規模な気候変動が引き起こされても不思議ではない。

約6,500万年前、大隕石が激突したために、地球の気候が大変化して恐竜が絶滅したと考えられている。

変わったところでは、ドイツ南部のネルドリンゲンという町は、1500万年程前に直径約1.2kmの隕石が秒速10〜30kmで衝突してできた直径約25kmのクレーターの中に円形の城壁に囲まれ中央に教会を持った町が作られている。

米国最大のクレーターはアイオワ州の中央部にある直径35kmのマンソン・クレーターである。

南米のユカタン半島にあるチクシュルーブクレーターは、半分は海中にあり確認されてはいないが直径180kmはあるのではないかと見られている。

シベリアのカラ河の河口近くには、直径60kmと25kmの二つ連なったカラ/ウストカラ・クレーターがある。

この3つのクレーターは地球儀上でみると一つの円弧上にきれいに並んでいる。

地球に向かって飛来してきた小天体が、地球の重力の影響等で3個以上に分裂して衝突したものではないかと考えられている。



松井・阿部理論

東京大学の松井博士が1986年に英国の有名な科学雑誌「Nature」に発表した地球大気の起源と進化プロセスについての新理論は、世界中の学者から高い評価を得ている。

原始太陽系星雲は、全質量の99%を中心に凝縮した太陽を中心として周辺の原始惑星星雲の状態で合ったが、ここから惑星系という現在の太陽系の各惑星が形成されてきたといわれている。

太陽系初期の凝縮過程で直径10km程度の微惑星が無数に形成され、これらの微惑星が太陽の周囲を回りながらお互いに激しい衝突を繰り返し、成長していくことで惑星が誕生する。

ある固体が秒速1km以上の高速で地表に衝突したとすれば、当然非常に高温で高圧の状態が発生する。

もし衝突固体の中に水のような蒸発しやすい成分が含まれていれば当然蒸発することになる。

つまり衝突とは固体に含まれていた揮発性成分を外に放出することである。

微惑星の直径が10km、秒速3km以上の高速で衝突したとすると、その瞬間に40万気圧、900度K以上の高温高圧状態になる。

太陽系の外側に行くほど水は豊富に存在する。温度が非常に低いところではガス(主成分は水素、ヘリウム)は氷になる。

木星の衛星は16個、土星は17個の衛星が発見されているが、2、3の例外を除いてその地表が氷で覆われた氷衛星である。このことは太陽系に大量に水が存在していることを示している。

有名な隕石の1つであるオーストラリア南東部のマーチソン村に落下した隕石の顕著な特徴は、大量の揮発性成分を含んでいたことである。

この隕石には、太陽系誕生時、46億年前の水が20%近くと数%の有機物質が含まれていたのである。

原始地球には、年間1000個以上の微惑星が毎秒数kmから数10kmというすさましい速度で衝突していたと思われる。

蒸発したガスは地表を覆いその濃度は次第に増していく。

揮発成分には水と二酸化炭素の割合が多く、特に水が80%以上を占めるので原始地球の大気は水蒸気でできた大気と考えられる。

多量の衝突エネルギーは熱エネルギーに変換される。

原始地球に大気があったために、これらの熱は宇宙空間に放射され失われることなく地表に蓄えられた。

大気には熱をため込む性質がある。現在の地表温度が安定しているのは大気が水蒸気と二酸化炭素を含み、それに相当する温室効果があるためである。

大気圏の外に熱源がある場合は温室効果、熱源が地表にある場合は保温効果となる。

原始地球では、大気の保温効果が重大な役割を担っていたと思われる。

衝突脱水反応により揮発した水蒸気の一部は、地表温度が900度以下では衝突による高温高圧状態になり、ある種の岩石と加水反応を起こし再び地表に閉じ込められる。

地表温度が900度以上になると水蒸気はすべて大気になる。

マグマの海としての地表温度が、岩石の溶けはじめの温度(1500度K)から100%溶けてしまう温度(1700度K)の間にある限り、地表温度と大気量は一定の関係を保つのである。

圧力に応じて水蒸気がマグマに吸収されるため大気中の水蒸気量は、一定以上増加しなくなる。

大気量が一定になるのと地表温度が一定になるのとは、表裏一体の関係になっている。

原始地球の大きさから現在の地球の大きさに近づくにつれ、地表温度が下がりはじめ地表を占めるマグマの海の割合も減少し、大気量は増加することになる。

衝突脱水反応の標準モデルの最終的な原始大気の水蒸気量は、計算によると1.9 x 10の21乗kgとなった。

現在の地球の表層付近にある水の総量は1.5 x 10の21乗kgという数値になっている。

微惑星の水分含有量の割合が1〜2%位では、大気量の一定値に大きな変動はないが、5〜10%になると全く違った結果となる。微惑星の水の含有量は多くても1%位までと考えられる。

原始大気の水蒸気量と、現在の海水の量とがほぼ同じ値を示すことは、この理論が正しい方向を示していることを意味していると考えられる。

地球に限ったことでなく、恒星内に惑星が水分を多少でも含む微惑星の集積でつくられる限り、このような結論は避けられない。そして原始水蒸気大気の最終的総量は、1.9 x 10の21乗kg前後に落ち着くことになる。

原始水蒸気大気の形成やマグマの海の形成など、地球の誕生時に起きたことは、他の地球型惑星においても同様に起こり得ることである。

以上が松井・阿部理論の概略である。


宇宙には、太陽系のような惑星系が多数ある可能性は十分にあり、宇宙の構成元素が太陽系の構成元素と同じである限り、太陽系第3惑星と同じ条件にある惑星の可能性は極めて高い。

地球上で生起する自然現象は、生命の発生から動植物の誕生までをふくめて、同様なことが宇宙のどこかで起こっていても何の不思議もない。

太陽系は自然の法則に従って形成されたものであり、特別な存在ではない。

銀河系には、地球文明より早い時期に形成された先進宇宙文明圏と呼ばれる恒星の惑星系が、当然存在するものと思われる。

おおいぬ座のシリウス、こと座のベガ、ケンタウルス座のベータ、オリオン座、いて座、プレアデス星団などの先進宇宙文明圏より、過去数100万年前からかなりの訪問者が地球を訪れていると主張している惑星研究家がいる。

銀河系内の恒星間航行が自由にできる超科学技術の先進宇宙文明圏ならば、当然生命科学も相当に進んでいるはずである。

地球上で自然発生した生命体の進化の過程で、何らかの遺伝子操作を行っている可能性は十分考えられる。

現代の進化論において突然変異と考えられているものは、こうした遺伝子操作によるものかもしれない。

キャトル・ミューティレーションと言われる牛の肉体の一部が切除される現象がある。

これは「グレイ」と呼ばれている宇宙人の仕業だと言われている。

彼等は、地球上の牛または他の生物の遺伝子コードと彼等自身の遺伝子と組み合わせ、新しい細胞組織を創りだしユニークな有機的組織体であるサイボーグを作ろうとしていたのではないかともいわれている。



サイエンス・フィクション ?

地球環境に非常に重要な作用をしているオゾン層の状態は、人々の健康に大きな影響を及ぼしている。

地球大気圏上部で重要な保護作用をしているオゾン層が、フロンガスの使用で破壊されてしまい一部に穴があいている。

この結果、太陽放射の有害な紫外線等が直接人体に作用するため、皮膚ガン等になりやすく寿命が短くなると言われている。紫外線や他の宇宙線の影響が、人間の寿命に一定の限界を与えているのかもしれない。

有史以前、数万年前、宇宙先進文明圏から地球に来訪した人々は、超科学技術を応用し地球上の数ヵ所に特殊な装置を設置した。

この装置は、有害な宇宙線を遮断することができる2層の保護層を、大気圏上層部に形成するするものであった。

この保護層のおかげで温暖で快適な気候が形成され、地上の人々は長寿で健康な人生を過ごすことが可能であった。

この当時の人達の間で時々争いが起こり、保護層も一部が破壊されしばしば洪水を招いたようであるが、その都度修復されていた。 

しかし、6,000年ほど前に大規模で激しい戦争になり、最終的には2層の保護層が全て破壊されてしまった。

この保護層の主成分は氷であったため、膨大な量の水が地上に降り注ぐことになり壊滅的な大洪水となってしまった。

この全地球的な大洪水は、地球の自転軸も少し傾くほどの大きな影響を与えることになった。

このことが言い伝えられ、「ノアの大洪水の物語」として記録されたということである。「それはノアの600歳の2月17日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開け、雨は40日40夜、地に降り注いだ」(創世記、第7章11-12)

ティグリス川河畔のニネヴァ遺跡から収集された楔形文字で刻印された粘土板文書の中から、1872年の秋、ジョージ・スミスが創世記に記されていることと同様な大洪水の物語が記録されているのを発見した。 

現在のイラクの南部、メソポタミア地方の古代町の王、ギルガメッシュにまつわる叙事詩に大洪水の物語が書き込まれていた

アメリカインディアンや南太平洋のミクロネシア、ポリネシア等の間にも、破滅的な大洪水の伝承が知られている。

聖書の創世記によれば、大洪水以前の地球の上空に「おおぞらの上の水」と呼ばれる水が存在したと記されている。

大洪水以前の地球上空には、何らかの原因で「おおぞらの上の水」と呼ばれる厚い水蒸気の層があった。

この水蒸気層は地球上空を天蓋状におおっていたので、当時はビニールハウスの中のように温暖な気候であった。

また宇宙からの有害な放射線も、水蒸気層で吸収された結果、放射線のない地球環境が長寿な社会を作り出したのである。

地球上空に水蒸気の厚い層がどのようにして形成されたかわからないが、彗星や小惑星飛来等のような突発的なことが起きたことで、この水蒸気層の均衡が破れ大雨となり大洪水を引き起こしたということである。

進化論と創造論

創造論は、現代科学の常識とされている進化論に対立して、生命はそれぞれ独自に創造されて出現したと考える理論であり、聖書の記述を科学的に正当化している理論である。

約一万年前に、巨大な規模の大洪水が発生して、化石は短期間に形成されたと主張している。

動植物の死後は、微生物の分解作用により通常ではその原型を留めて化石になるのは困難である。

創造論では大洪水時に、土砂の堆積により極めて短時間に化石になったと主張している。


大洪水は、氷水を含む天体の接近か衝突により膨大な量の水が地球に与えられた。

これは想像を絶する規模の水量であり、地球の水位が2000メートル程度増加したと考えられている。

地球全体を何回も襲うようなの周期的な大洪水の波により何層もの土砂の堆積が連続的に起こり、この過程で化石が形成されたものである。

聖書は未科学の時代に、当時の人々が理解できるように伝えられたことが記録されているため非科学的な記述が多いと思われるが、創造論者の主張は興味ある視点である





恐竜絶滅論争に決定打?、「隕石衝突が原因」と結論、東北大など国際チーム。

地層調査で解明
独エアランゲン大学や東北大学、千葉工業大学などの国際チームは、恐竜が絶滅した原因は地球に巨大隕石(いんせき)が衝突したためという研究成果をまとめた。

地層調査などの結果、隕石の衝突で地上の多くの動植物が死に絶え、食物連鎖の頂点にいた恐竜は食料を確保できなくなったと結論づけた。

絶滅の原因としては火山の大噴火説なども提唱されたが、国際チームは有力だった隕石説で論争に決着がつくとみている。
研究成果を5日付の米科学誌サイエンス(電子版)に発表した。
 
国際チームには世界12カ国の地質、古生物、地球物理学など多様な分野の専門家41人が参加。

日本からは東北大学の後藤和久助教と千葉工業大学惑星探査研究センターの松井孝典所長が参加した。

隕石説は、米国の物理学者でノーベル賞受賞者のルイス・アルバレズ博士が1980年に提唱。

直径が約10キロメートルの巨大な隕石の衝突でできた同180キロメートルのクレーターが91年にメキシコ・ユカタン半島で発見されたことで有力な説と考えられてきた。

恐竜をはじめ多くの生物が絶滅したのは約
6550万年前の白亜紀末。

国際チームは地層調査や数値計算から

(1)世界350地点の白亜紀末の地層にメキシコのクレーターで見つかった物質が含まれている

(2)衝突時期と絶滅時期が一致する-ことを突き止めた。

衝突によって大量の粉じんが発生して地球環境が変化し、植物が枯れて様々な動植物が死滅。恐竜も生き残れなかったと推測している。

2010/3/5付情報元 日本経済新聞 朝刊






生 物 大 量 絶 滅 周 期
イ リ ジ ュ ウ ム 地 層 濃 度



生物大量絶滅周期・2600万年

約1億年前、温暖な気候の無氷河時代、地球上に恐竜が存在していた当時の深海底堆積物地層がイタリア・アルプスに見られる。

この地層を解析して、ミランコビッチ周期の存在を見出したアルフレッド・フィッシャーとマイケル・アーサーは、「海洋では、生物種が豊富であった時期と少ない時期が3200万年ごとに周期的に訪れた」という内容の論文を、1977年に発表した。

地上にはほとんど見られないが、彗星、隕石、小惑星など地球外の物体にはかなり豊富に見つかっているイリジュウムというプラチナの仲間の金属がある。

イリジウムが普通の地層より数十倍も数百倍も多く含まれていれば、この地層の年代で何らかの異常なできごとが起きたと考えるのが自然である。

イタリア、デンマーク、ニュージーランドで、過去の深海堆積物地層が現在隆起している場所がある。

この地層の石灰岩を調べた結果によると、恐竜が死滅した当時に形成された層では、イリジウムがそれぞれ通常の30倍、160倍、20倍に増加していた。

6500万年前に、地上のほとんどの植物、海洋プランクトンの90%、爬虫類、陸上の動物で体重が20〜30kg以上の動物が全滅したと考えられている。

恐竜もこの時に姿を消したのであるが、私たち人類の祖先はかろうじて生き残ることができたものと思われる。

カリフォルニア大学の地質学者ウォルター・アルバレスと物理学者で原子核構造解析の泡箱の研究でノーベル賞を受賞した父親のルイス・アルバレス、ロレンス・バークレー研究所の核化学者フランク・アサーロとヘレン・ミシェルの四人のグループは、6500万年前に小惑星のような天体が地球に激突して多数の生物を絶滅させたという仮説を、1980年に発表した。

地球上の生物の運命が地球外の天体の手に握られているという仮説は、当時の地質学会に大きな衝撃を与えた。

この仮説の根拠となっているのは、地質学上で二つの時代白亜紀と第3紀の境界になる粘土層である。

ウォルター・アルバレスは、
この層が地球の他の地層よりも300倍と異常に高い濃度でイリジュウムを含んでいることを発見したのであった。

この事実は地球外の天体の衝突を示唆している。

粘土層が異常な濃度のイリジュウムを含むことについて、アルバレス・グループは次のような仮説を立てた。

直径10kmほどの地球外の天体が、秒速10〜40kmの猛スピードで大気圏内に入ると、天体前方の空気が強力に圧縮され非常な高温になる。

そして猛烈な速度で地球に激突すると、直径200km、深さ40kmぐらいの巨大なクレーターができると考えられる。

この激突は火山活動を誘発し、大規模な火山活動が起きたものと思われる。

激突により膨大な量の岩石や砕片は、地上数10キロメートルも上空高く舞い上がり、チリは大気中に漂い太陽光線を遮り光合成が停止してしまった。

太陽光線の不足は、地球を寒冷化してさらに多くの生物の死を招いた。

生物の大量死滅が起きた最大の原因は、酸性雨である。

衝突前後の非常な高温と衝撃、誘発された火山活動で大気中の物質が化学変化を起こし、大量の窒素酸化物が発生した。

大気が極度に汚染された後に生じた硝酸の雨が、生物にとり致命的であったと思われる。

直径10km程度の物体が地球に衝突した証拠はかなりあるようで、直径数キロメートルぐらいの物体が地球に激突すれば生物に重大な影響を与えることは避けられない。

当然のことながら地質学者は、激突の痕跡となる巨大なクレーターを探した。

世界中に多数のクレーター候補があるが、アイオア州にあるマンソン・クレーターは直径30kmほどあり、このような衝突によりできたのではないかと考えられている。

シカゴ大学の生物学者デビッド・ラウプとジャック・セコプスキーが、過去2億6800万年間の岩石中に残された海洋生物の化石の記録を詳細に検討した結果、「海洋生物の絶滅は2600万年周期で起こった」と1984年に発表した。

8回の大規模な絶滅の年代が、2億4800万年、2億1900万年、1億9400万年、1億4400万年、9100万年、6500万年、3800万年、そして1100万年前に起きたとしている。

恐竜という巨大な生物がこの地球上に生存していたのは化石の存在で明らかである。

古生物化石の研究から見て、生物種の絶滅は周期的に起きていることは確実と思われる。

アルバレス・グループは、小惑星のような一個の天体が一度だけ衝突したという仮説を立てたが、
当時の地層の測定結果によればイリジウムが地表全体に一様に分散されているようである。

このことは、複数の天体が継続的に地球に衝突していると考えるのが自然であろう。

多数の彗星雨が、周期的に地球に激突したとして、彗星群がどのように接近したかについて学者が種々の仮設を立てている。

これら仮説の一つに、カリフォルニア大学のリチャード・ミュラーの説がある。

太陽は、その存在が確認できない
暗黒の伴星(ネメシス)を持っており、この伴星が2600万年の周期で太陽のまわりを回っている。

そして軌道上のある場所で地球の方向に彗星を引き寄せるので、彗星が地球に衝突することになるというのである。

この仮説では、ネメシスの軌道周期が大き過ぎるため太陽系の中に留まることができないのではないかとの批判がある。

南ルイジアナ大学のダニエル・ウィットマイアーは、太陽系に近い距離にある未発見の惑星Xが存在しており、この惑星の影響力で彗星の嵐が地球を襲うことになるという仮説を発表している。

惑星Xが、太陽系の少し外側の軌道を回るのであれば、一周するのに要する時間は大体1000年くらいになり、2600万年とはあまりにも違い過ぎる。

ウィットマイアーは、惑星Xの軌道が太陽系惑星全体の軌道面より少し傾斜していると考えている。

この傾斜のために、惑星Xは少しずつ軌道がずれていき、軌道の最遠点が2600万年に一度だけ大彗星源に入り、その影響で地球に彗星の嵐が押し寄せることになるというのである。

現在、宇宙探査機がウィットマイアーの仮想惑星のあたりまで飛行しているので、もし地球程度の大きさの天体が存在しているなら、その天体の重力の影響を受けて当然なのであるがそのような形跡はまだ見られていない。

太陽系が、銀河系を一周する公転周期は約2〜3億年である。

この周期を氷河期、無氷河期の周期や生物の大量絶滅などに対応させる考えは古くからあるが、強力な証拠に乏しく、まだ説得力のある説にはなっていない。

恐竜が絶滅したことについて、異説の代表と見られているのは、世界各地で起きた火山の大噴火が原因であるとする仮説である。

大規模な火山活動が、隕石の激突と同様な現象を起こしたとするものであるが、この仮説を裏付ける確実な証拠はない。


オールト雲・大彗星群

太陽系内に時々やって来る大彗星から、存在が推定されている巨大な彗星雲であり、大小の彗星貯蔵庫である。

今まで、誰もオールト雲を見たことはない。太陽からはるかかかなたに存在しているが、太陽の重力圏内にあり、太陽系の一部と考えられている。

オランダの天文学者ヤン・オールトが1950年にこの星雲の存在を提唱したことから、彼の名前をとってこの名前が付けられている。

オールトは、大彗星が太陽系内に来るまで通って来た経路を逆にたどっていけば、彗星の源であるオールト星雲を発見できることを示唆したのであった。

私達が見ることのできる彗星は、この雲から離れて太陽系内に入って来たものだと言われている。

はるかかかなたのオールト星雲で何かが起きれば、その影響で彗星が地球にやってくるのである。

約50億年前、太陽系が形成された時、太陽系諸惑星のはるか外側に位置して、太陽系全体を包囲する形のドーナツ状の輪(オールト円盤)の中に彗星が保存されていると考えられている。

アイオワ大学の物理学者ルイス・フランクは、ウィットマイアーの仮説を修正し惑星Xの質量と軌道を少し大きくし、「暗黒惑星」と呼び次のような仮説を立てた。

軌道周期は、約50万年、太陽系とは中心のずれた軌道を持ち、土星か木星くらいの大きさで、最近点で海王星か冥王星の軌道近くに接近し、最遠点は最近点までの距離の150倍のところに位置し太陽系に属している。

この暗黒惑星は、通常小彗星が保存されているオールト円盤の外側区域を進んでいるが、2600万年に一度の割合で大彗星の多いオールト円盤の内側区域に入る、この影響で膨大な数の大彗星が約一万年の長期に渡り地球を襲撃することになる。






地 球 磁 場 の 逆 転 周 期
縞 状 磁 気 異 常


磁場の逆転
 
地球の過去の歴史に地磁気の逆転という興味ある事実があったのではないかということは、岩石の残留磁気が測定されるようになったころから考えられていた。

地球の過去の磁場は残留磁気という形で記憶されている。

噴火した溶岩の磁鉄鉱やチタン鉄鉱などの強磁性物質が冷えて固まる時に、地球磁場の方向に磁化し、強度に比例するのであるが、これは
「熱残留磁気」と呼ばれ非常に安定した磁気である。
  
フランスのブリュヌが、今世紀のはじめ頃、比較的新しい時代に噴出した火山の溶岩の残留磁化を調べていた時、ほとんどは現在の地球磁場と同じであるが中にはこれらとちょうど正反対に近い方向を向いているものがあるという興味ある事実を発見した。

京都帝国大学教授の松山基範(1929年)は、日本、朝鮮、満州の各地から多数の第四紀火山岩資料を採集しその残留磁気を測定した結果、現在の地磁気の方向と同じ物と、逆向きの物とが得られた。

松山教授は地磁気の逆転は、数万年あるいは数十万年単位の時代による変化があったのではないかと考えた。

地磁気の逆転が時代によるとの概念は初めてのことであり、この考えかたは後に大きく発展することになった。

岩石の帯磁が逆転するのは、磁場が逆転するのか岩石自体の自己反転によるものかは、1950年代から1960年代にかけて未解決の問題として学会内で大きな関心を集めていた。




バイン・マシューズ理論

人工衛星が打ち上げられ、宇宙からの地球観測ができるようになるまでは、地球に関する重大な情報はいずれも海の調査から得られていた。

大陸と海底では地殻構造にかなりの違いが見られる。

陸地の地殻は花崗岩質の層の下に玄武岩質の層があり30〜40kmの厚さをもっているのに対して、海底では薄い堆積物の層の下に直接玄武岩質層だけが続いており、花崗岩質層は見られない。

そして海底地殻全体は海水の部分も加えて12〜13kmに過ぎない。

海底の年令は大陸に比べて格段に若く、また海底に薄い堆積物しか存在していないことが大きな特長である。

海洋観測が盛んになってきた1950年代に、世界中の海に海嶺と呼ばれる
巨大な海底山脈が連なっていることが明らかにされた。

また海嶺直下はマントル対流の上昇部で温度が高いので熱膨脹をして地形的に高くなっているが、海嶺から離れるにつれて海底は冷却し海は深くなってくる。

マントル対流によって海嶺から海底が分れて広がってゆき、海溝でマントルに戻ると考えれば海底の様々な観測事実をうまく説明できるというのが
「海洋底拡大説」という考えである。

1963年、ケンブリッジ大学のバインとマシューズはインド洋のカールスバーグ海嶺の付近で観測された地磁気データを調査していた時、
磁気異常が強弱強弱と交互にあらわれるのは、過去に地球磁場が逆転したのではないかと大胆な仮説を発表した。

海洋底拡大説では、海底地殻が中央海嶺で生成される時に高温から冷却されて熱残留磁化を獲得し、時間と共に海嶺の両側へと拡大していくと主張した。

マントル対流の上昇流が海嶺で表面に達し、そこから左右に別れて海底を形作る。

海嶺直下は、1100度にも達する非常な高温であり岩石の一部は溶けているマグマと考えられる。

海底は0度に近い低温であり、そこに高温のマグマが上昇して出来た新しい海底は即座に冷却される。

この時陸上の溶岩と同じく海底地殻の玄武岩も残留磁化を獲得する。

地球の磁場が過去何度も逆転を繰り返しているのであれば、海底の形成された時期により現在と同方向の残留磁化(正帯磁)と反対方向を持つ部分(逆帯磁)が出来ることになる。

海底の拡大がほぼ一様に起こっているならば、これらの正帯磁と逆帯磁の部分は海嶺を中心にして左右対称平行で帯状に分布するであろう。

海嶺付近で観測される
縞状磁気異常は、この正逆の磁化の帯によって作り出されたものであるというのが、バインとマシューズの主張であった。

アメリカ東海岸のラモント研究所と西海岸のスクリプス研究所が、当時海上での磁気測定データを大量に持っていたのであるが、両グループはバインとマシューズの考えを初めのうちは信じようとしなかった。

しかし、
アイスランドのレイキャネス海嶺の検証で決定的な証拠を見せ付けられ信じざるを得なかった。

溶岩の持つ残留磁気は、現在の磁場と同じ方向のものと、正反対のものとがあり、その中間の方向を示すものは殆ど見られない。

地磁気の逆転が事実であったならば、その時代には地球上のどの場所でも地磁気の方向は現在のものと比べてほぼ逆向きだったはずである。

同じ時代の岩石が世界中のどこから得られても、すべて同じ極性を示し、正逆の極性の時が明らかにされるならば、地磁気の逆転は間違いないと結論できるのである。

アメリカ地質調査所の、コックス、ドエル、ダーリンプルおよびオーストラリア国立大学のマクドーガルらがこうした考えを徹底させたのであった。

彼らは、若い火山岩に的をしぼり広範囲から採集された試料の残留磁気の測定を実施した。

年代測定法は、カリウムーアルゴン法が使用された。

この測定法は1950年代に技術的大進歩をとげ、良好な岩石資料であれば地質学的に若い100万年以下のものでも十分測定可能となってきた。

彼らの測定データが増えるに従って、逆転の時間表は正確になり、1965年頃迄には地磁気逆転の同時性は世界的な広がりをもち、確実なものとなった。


過去450万年間の地磁気調査記録

現在の地磁気と逆向き
 
松山期・約70万年前から約240万年前
    
その内以下の数万年間は短期反転し現在の地磁気と同じ向き
      
ハラミオ短期反転期(約90万年前)
      
ギルザ短期反転期(約170万年前)
      
オルドバイ短期反転期(約200万年前)
  
ギルバート期・約330万年から450万年前

現在の地磁気の向きと同じ
  
ブリュヌ期・約80万年前から現在まで
  
ガウス期が・約240万年から330万年まで
     
以下の数万年間は短期反転し現在の地磁気と逆向き 
      
マンモス短期反転期(約300万年前)
 
このように最近の研究から、磁場の逆転は数万年から数十万年に一度起こっているということが確実である。

岩石磁化については、過去500万年間位の広範囲の記録があり、ある特定の岩石層が磁気異常のパターンを示せば、それはどれかの岩石磁化記録と一致することで年代測定ができるのである。






小 惑 星(アステロイド)
未 知 の 惑 星

The Planetary Society
 小惑星データ


未知の惑星

1781年にイギリスのハーシェルが土星の外側に天王星を発見したことで、
チトス・ボーデの法則で示された距離に実際の惑星が存在することが実証されたことになり、未知惑星特捜隊の天文学者達は火星と木星の間に存在する可能性がある新惑星の発見に強い期待をかけることになった。

当時は写真という便利なものがなかったために、未知の惑星を探すことは容易なことではなかった。

目標とする位置で見慣れない星が見えたら、その星が周囲の恒星に対して動いていることを確かめるために、数時間はその星の観測を続けなければならないという実に根気がいる仕事であった。

第1号小惑星ケレス

イタリアの修道士でパレルモ天文台長のピアッチは、新惑星の発見のために結成された未知惑星特捜隊とはまったく関係がなかったが、1801年1月1日にボーデの法則の示す位置に存在している直径920kmの新惑星をみごとに発見した。

この惑星は発見者ピアッチにより「ケレス」と命名された。

第1号小惑星ケレス発見の1年後に、第2号小惑星「パラス」は直径520kmで同じ距離の軌道上に存在しているのがオルバースによって発見された。

太陽からケレスまでの距離はボーデの法則とほとんど違いのない27.7の距離であったため、改めてボーデの法則の重要性が注目されることになった。

新惑星ケレスの直径は920kmと惑星としてはきわめて小さく、その後、続々と同様な小天体が発見された。

これらの小天体は、通常の惑星と区別して小惑星と呼んでいる。小さなものは直径1kmほどの岩のかたまりのようなものまである。

第2号小惑星パラスと第4号小惑星のベスタの発見者オルバースは、第1号〜第4号の小惑星の運動を研究した結果、これらの小惑星はもともと一つの惑星であったものが壊れてできたものであるとの結論に至った。

オルバースは小惑星ケレス、パラス、ユノ、ベスタの運動が良く似ているところから小惑星爆発起源説を提唱したものである。

小惑星爆発起源説では、なぜ惑星で爆発が起きたかについて説明ができないことから「小惑星衝突起源説」というのがあるが、この説も何がどのようにして惑星に衝突し惑星の破壊が起きたのか不明である。

多数の小惑星の運動を調べた結果によると、1つの族に属する小惑星(小惑星の族)が元は1つの天体であったと考えられるような運動をしていることから見ても、1つの天体が何かの原因で壊れたものと考えても不自然ではない。

爆発または衝突のいずれであっても、それによって小さな破片が飛び散って火星、地球、月に降り注ぎ、今でも見られる多数のクレーターを作ったというのはいかにもありそうに思えることである。

各小惑星は彗星のように気体を伴っているものはなく、数mから数100kmの岩石の塊が太陽光を反射している。

大部分の小惑星は形状が岩石のかけらのように不規則であり、自転によって地球に向ける面積がことなることで明るさが周期的に変化している。

このように形状が不規則であることは、原天体が破壊されたことによって誕生したものであることを暗示している。

小惑星の直径と総数は、直径100km以上は200個、直径10km以上は2,000個、直径1km以上は50万個、直径1m以上は1,000億個程度と推計されている。

現在まで発見されている小惑星の全質量の総計は、地球の質量の0.0002倍にしかならないことから、通常の惑星が何らかの理由で破壊したとすれば全体量があまりにも少ないことになる。

大部分は破壊時に太陽系外に飛散したということも考えられるが、一度誕生した惑星が破棄されるメカニズムが考えにくいことから、いかにして小惑星が誕生したかは謎である。

小惑星は火星と木星の軌道の間の空間に一様に存在しているのではなく、ところどころで集団や空隙を作っている。

1918年に日本の天文学者平山清次が、小惑星の平均軌道半径、離心率、傾斜角が同様な値をとる集団を9つほど見つけ、これらに族という名前をつけた(テミス族、エオス族、コロニス族、マリア族、フローラ族等)のが族という概念の始まりであった。

このような族や空隙ができるのは、隣の軌道で公転している木星の摂動による影響だと考えられている。木星の周期と関係ある群にトロヤ群、ヒルダ群、チューレ群などと呼ばれるものがある。

19世紀末から天文学に写真技術が用いられてから小惑星の発見数は急速に増大していった。1994年現在で運動状態が確認されている小惑星は5,610個存在しており「小惑星表」に登録されている。


   

小惑星イカルス・フォーラス・ケイロン

小さな天体を発見するのは非常に難しいのであるが、直径1kmの小天体である小惑星イカルスは、地球から3,500万kmの距離に  接近した1949年6月26日に発見された。

1968年9月15日に地球に再接近した時は、地球からの距離は600万kmであった。

イカルスの軌道は水星の軌道の内側から火星の軌道の外側まで及び、水星、金星、地球、火星の軌道をまたいでおり、彗星の軌道に見られるような細長い軌道を持つ特異な小惑星である。

地球には19年毎に接近するから、次回は2006年6月下旬から7月上旬に接近すると予想されている。

イカルスの軌道面は太陽系諸惑星の軌道面と23度傾斜しているため、軌道が交叉することをまぬかれているが、このような微小な天体でも、もし地球に衝突したら大変なことになる。

10億トンの質量がマッハ50の超高速で激突することになる。関東大地震の約15倍のエネルギーを持っている。

1992年に発見された小惑星フォーラスは、太陽に接近したときは8.7天文単位、遠ざかると32.2天文単位と、土星の内側から冥王星以遠に至る非常に細長い楕円軌道を93年周期で公転しているし、黄道傾斜角は25度と例外的に大きい。

1997年に発見された小惑星ケイロンの軌道も土星の内側から天王星に至る細長い軌道を描いている。

フォーラスもケイロンも他の小惑星と比べてかなり赤っぽい色をしているし、直径が約200kmと小惑星としてはかなり大きい。

これらの小惑星は、元は土星のような大惑星を回る衛星であったものが、何らかの理由で大惑星軌道から離れた衛星である可能性もある。

太陽系には、火星の軌道と木星の軌道の間にある小惑星とは違う種類の小天体が存在しているということは十分考えられる。


ラグランジュ・ポイント

トロイ小惑星群は、木星のラグランジュ・ポイントにある。

ラグランジュ・ポイントは、フランスの天文学者ラグランジュが、1772年に証明した宇宙空間の3つの天体間における数学的関係である。

ラグランジュがこのことを発見してから、約100年後に彼の予言通りの関係をみたす天体 C(木星の軌道上をまわるトロイ小惑星群)が見つかった。

ラグランジュ・ポイントとは、1つの天体C の質量が他の2天体 A、B と比べて無視できるように小さく、共通重心のまわりに円運動を行う天体 A と天体 B の質量比が約1/26より小さい関係にあるとする。 

B は事実上静止している A のまわりを公転しているとして、B の公転軌道上に C があり、それがB の前方または後方60度の角度にあるとすれば、C は B と完全に歩調をそろえてA のまわりを公転する。

A が太陽、B が木星、C がトロイ小惑星とすれば、完全にこの関係に適合する。

円軌道の2天体に対しては、ラグランジュ・ポイントが5点あり、そのうち3点は小さな摂動に対して不安定であるが、残りの2点は質量小の天体と同軌道で両側に60度離れた点で安定している。

この2点のうち1点にトロイ小惑星群がある。


小惑星の大部分は火星と木星間の軌道上のいわゆる小惑星帯に存在しているが、一部の小惑星は小惑星帯から外れて火星軌道の内側に入り込んでいる。

これらを地球近傍小惑星と呼び、軌道長半径と遠日点距離で3つの群に分類され、現在これらの小惑星は250個程度発見されている。

アテン群  軌道長半径1天文単位以下・遠日点距離0.983天文単位以上

アポロ群  軌道長半径1天文単位以上・近日点距離1.017天文単位以下

アモール群 軌道長半径1天文単位以上・近日点距離1.017天文単位〜1.3天文単位

西暦2000年に地球に接近したのはトータティスである。

アポロ群に属し、1989年1月に発見された小惑星である。公転周期は約3.97だから約4年毎に地球に接近することになる。

トータティスが1992年12月8日に地球から350万kmの地点を通過した時、アメリカのジェット推進研究所がトータティスに向けてレーダー波を発射した。

24秒後に戻ってきたエコーを受信して画像処理した結果、4kmと2kmの2つの塊が結合したような不規則な形をしていた。

その表面に直径
700mの大きなクレーターがあることがわかった。

2000年10月に地球・月距離の30倍の距離、2004年9月にはもっと近づいて地球・月距離の4倍程度の距離に接近すると思われていた。

これだけ近づいてくると地球の重力の影響を受け、小惑星トータティスの軌道が変化するため地球に衝突することはない。

小惑星は平均して1年当たり3回ほど0.2天文単位以内の距離で地球に接近している。

天文学者の計算によれば、現在軌道がわかっているような小惑星が近い将来地球に衝突する危険はないようである。

小惑星が地球に接近し過ぎることは危険なことであるが、至近距離で観測できることで惑星の起源の謎を解明するための貴重なデータが得られる可能性がある、非常に重要な機会である。

地球上に残されているクレーターを分析した結果によると、過去に彗星や隕石の衝突が周期的に起きていることは確実と思われる。

これらの周期的な衝突の原因として、火星軌道と木星軌道の間の小惑星帯に多数存在する小惑星の一部が、地球に周期的に接近して衝突した結果クレーターができたとは考えにくい。


古生物の周期的変動が明白であるならば、天文学的な出来事が関係していることも考えられる。 

地球の周期的変動の原因として、
太陽と双子の仮想伴星(ネメシス)と仮想惑星(太陽系第10惑星)の存在を予想している人もいる。

約3,000万年の周期変動に対応するものとして、ネメシスの軌道周期3,000万年、軌道長半径9万天文単位、離心率0.7が仮定されている。

ネメシスがその周期により、太陽系に近づいてくると、太陽系の外周にあると仮定されている彗星の大集団オールト雲を刺激する結果、大量の彗星が太陽系の諸惑星に降り注ぎ多数のクレーターを形成するというものである。

太陽のような恒星が、伴星を伴うケースは多く見られるが、軌道周期が30万年を超えるものはほんのわずかしか見られない。

ネメシスの仮想軌道周期3,000万年はあまりにも長すぎるため、このような未知の惑星を仮想することに対して反論が多い。

また地球の古代史が示唆する数1,000万年の周期について疑問視する人もいる。

第10惑星が存在する可能性があると考えている人は、その質量が地球の1〜5倍、軌道長半径は50〜100天文単位(1天文単位は地球と太陽の距離)、離心率は0.1〜0.5と予想しているが、軌道傾斜角が25度〜90度程度と相当大きく傾いていると思われるため、実在していても発見するのがきわめて困難のようである。


古代メソポタミア粘土板古文書

シュメール語を解読できる世界に数少ない学者の一人ゼカリア・シッチンは、古代メソポタミアの粘土板古文書の中で、太陽系を描写している図形に12個の天体が刻まれている点に注目し解読している。

太陽系には、太陽と月以外に水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の9個の惑星が存在している。しかし、古代メソポタミアの古文書には、太陽系に第10番目の惑星が存在していると記録されているようである。古代シュメール人達は第10番目の惑星が存在していることを知っていたのかも知れない。

ゼカリア・シッチンによる古文書の解読は単なる解読ではなく、現代天文学の知識と古文書の解読から得られた知識の整合性を保つように天文学者のアドバイスも入れて、現代の常識的知識で理解することに無理がないように配慮されている。

古文書の解読によると、第10惑星「マルドゥク」の公転周期は3,600年であり、太陽系に1番接近した時は小惑星の軌道に入るということである。

現在の小惑星の軌道には「ティアマト」と呼ばれた惑星が存在していた。この惑星に第10惑星マルドゥク自身ではなく、マルドゥクの衛星が衝突してティアマトは破壊され、小惑星が誕生したというものである。

地球の内側の諸惑星が、内惑星(水星、金星、地球、火星)であり、外惑星(木星、土星、天王星、海王星)とではその性質が根本的に違っている。

内惑星は地球型惑星と呼ばれ平均密度が3.9〜5.5の範囲にあるのに対して、外惑星は木星型惑星と呼ばれ平均密度は0.7〜1.76と著しく小さい。

これらの差異は太陽からの距離の差によって生じた成因と歴史の違いによると考えられている。このことは現代天文学でわかったことであるがシュメールの古文書にも記されているようである。

ゼカリア・シッチンの粘土板古文書の解読が正しいものかどうかは分からないが、興味ある解読である。





オ ー ル ト 雲
彗 星 貯 蔵 庫・フ ォ ト ン ベ ル ト


オールト雲


人類最初の人工衛星スプートニク1号は、ソ連が1957年に、続いて1958年に米国がエクスプローラ1号を打ち上げて以来、米ソ両国は月、衛星の探査を大きな目標にしてきた。

アポロ11〜17号により有人探査が行なわれた月、そして各惑星や多くの衛星、輪、惑星間空間、彗星などについて探査が行われた。

米国の惑星探査機マリナー2号による金星の探査(1962年12月)マリナー4号による火星の探査(1965年7月)に成功したあと、マリナー10号では(1974〜1975年)金星と水星の近接探査に成功。

ヴァイキング1、2号は1976年に火星に軟着陸して生命実験を行った。

ボイジャー2号は木星(1979年9月)、土星(1981年8月)、天王星(1986年1月)、海王星(1989年8月)の各惑星に接近して膨大な写真や観測データを送ってきた。

1960年代に宇宙開発が急速に進み、探査機による探査で太陽系の理解が格段に進んだ。

科学技術の進歩につれ天体観測技術が進歩した現在でも、惑星表面の状態を直接に観察ができるのは太陽系の天体だけである。

太陽や諸惑星の動きに見られる規則正しさは、自然界に整然とした秩序があることを教えている。

ニュートンの万有引力の法則は、天体の運動が数理的に理解できることを示し、精密な数理科学としての天文学が確立されている。

アインシュタインの一般相対論が最初に検証されたのは、水星の近日点の移動観測であった。

ベーテたちによる太陽熱源の解明により、核融合反応が現実のものであることが実証された。

地球は太陽系の一部であり太陽系の各惑星の理解は、人類の将来に極めて重要な関係がある。

NASAが惑星探査で収集した写真のうち、一般に公表しているものは全体の数%に過ぎないわずかなものである。

公開されている写真は、月や火星の状態を詳細に調べるには写真の分解力が十分でないことが指摘されている。

太陽系惑星研究家達は、NASAが公表していない分解力の非常に高い写真の中には、極秘の情報が明白に表われているのではないかと考えている。

太陽系がその所属する銀河系を1周するのに約2億年かかると言われている。

太陽系のことはまだ十分に解明できていないし、当然のことながら銀河系のことも全くといってよいほどわかっていない。

太陽系は銀河系の中の様々なところを通過するが、現在のように周りに何もないときもあり他の恒星が近くにいるときもある。 

太陽系は、新たな恒星が形成されている高密度の塵の雲である銀河系の渦状腕の中を、周期的に通過すると考えられているが、この塵の雲の中を通過する時は太陽の光と熱をさえぎるので地球の気候が変化することは明らかである。

自然の在り方が太陽の光と熱を奪ってしまう時がある。

天文学者の数人は、大氷河期がこのようなことで起きたと主張している。毎年訪れてくる彗星雨が、銀河系の中で大規模に起きているのと同様な現象である。


オランダの高名な天文学者ヤン・オールトが1950年に、地球にやって来る彗星は太陽系の最外縁部に1000億個もの巨大な彗星貯蔵庫ともいうべきオールト雲が存在している。

彗星は、このオールト雲から来ているという仮設を立てたが、この雲の存在は確認されていない。

天文学者たちは毎年、新しい彗星を数個発見しているようである。

宇宙の中で、地球が彗星の目標となるにはあまりにも小さく、彗星と地球が同じ時刻に同じ場所にいる可能性は10億分の1もない。

オールト雲に1000億個程度の彗星があり、銀河系をめぐる太陽系の運動に関係する影響で、オールト雲の1%の彗星が周期的にゆらぐとしたら、太陽系に10億個の彗星がやってくることになる。

いつの日か多数の彗星が地球にやってくる可能性は十分にある。彗星の大量飛来は2600万年程度の周期ではないかとの仮説がある。

太陽系の外縁部については何もわかっていない。

太陽系の一番外側の惑星冥王星が発見されてからまだ50年ほどしか経過していないし、冥王星の月の存在は1978年までわからなかった。

暗い天体は、近くにいてもその存在を確認するのが非常に難しい。現在の天体観測技術で捉えられないものが、多数あると思われる。



フォトンベルト

ビッグバン宇宙論で、初期の宇宙の物質粒子と反物質粒子が「対消滅」で生じた莫大な数のフォトンは今日まで宇宙に存在し続けているといわれている。

巨大な数のフォトンが集まって「フォトンベルト」とよばれるフォトンの大集団を形成しており、太陽系は約26,000年の周期でこの「フォトンベルト」に入っていると主張している研究家がいる。

現在、26,000年ぶりに再び接近しているところで近年中に「フォトンベルト」に再入するということである。

太陽系が「フォトンベルト」に入ると、最初は一時的な変動はあるが、人間の遺伝子(DNA)が本来持っている能力を全て発揮できるようになり、素晴しい文明が形成できる時代になると明るい見方をしている。

約2,000年間続いた「魚座の時代」が終り、科学の素晴しい発展が期待できる「水がめ座の時代」に入るのと時を同じくして、「フォトンベルト」の周期により人類による優れた文明が形成できれば素晴しいことである。

現代の天文学ではこのような「フォトンベルト」の存在は確認されていない。

太陽系全体の質量の約99.86パーセントは、中心に位置している太陽が占めている。

9個の各惑星は太陽の光を反射して光って見えるのであるが、個々の惑星は質量、半径、化学組成、大気の有無、自転、磁場などの性質により特徴づけられている。






プ ル ー ム テ ク ト ニ ク ス
古 生 物 の 大 幅 な 動 植 物 の 変 動


プレートテクトニクス

地球の表層は厚さ60〜200km程度のプレートの球形破片で覆われており、各破片が相対的に年間数cmから10数cmの速さで運動していることが判明している。

このような
プレートテクトニクスが存在するために、海洋底のプレートが年間1〜2cm移動して約2億年かけて海溝から地球内部のマントル対流に入り込むために、現在の海洋底プレート上には2億年以上の古い記録は残っていない。

2億年より前の地球の記録は、マントル対流に入り込んでいない大陸プレートのわずかな証拠から推定する以外に方法がない。

2億年前以後(中世代ジュラ紀)のことは、海底の状況等を調べてかなり詳しく知ることできる。

6,500万年以後(新世代)は化石等から得られる情報も多いことから、この時代の生物絶滅の実態と原因を知ることは、今後の地球の出来事を推定する上で非常に重要である。

地球は周期的に海面が上下動を起こし、地球磁場が変動し、花粉の沈降量が増減している。

隕石孔クレーターは2,600万年から3,300万年毎にその数がピークになるといわれている。

生物の科や属のグループの絶滅統計によれば、絶滅が集中する時期があり、2,600万年の周期性も考えられている。

固体地球の核とマントルの境はほぼ球状であるが、所々歪んだ部分が存在するらしく、これらの歪んだ部分から時々大量または少量の物質がマントル内を上昇するこれを「プリューム」と呼んでいる。

プリュームの大規模な上昇・噴出があった場合、地球表面に大きな環境変動をもたらし、これが古生物の大幅な動植物の変動に影響したのではないか、とい
プルームテクトニクスが注目されている。


プルームテクトニクス

マグマ起源の火成岩が、高温のまま地表に現われ徐々に冷却する過程で、岩石はその時の磁場の情報を残す。

地震の伝播に関する解析手法が飛躍的に進歩して、地球内部の詳しい構造が分かってきた。

こうした地質学、地球物理学の新しい知見を総合化することで、ウェゲナーの大陸移動説はプレートテクトニクスとして蘇った。

しかしプレートテクトニクスでも残された課題は、大陸を載せたまま移動させる駆動力の説明であった。

1990年代になると地震波トモグラフィーと呼ばれる新しい解析手法が提案され、地球の内部、特に深部に関する情報が増えてきた。

そしてプルームテクトニクスと呼ばれる統一的な駆動力の説明が可能となった。










ミ ラ ン コ ビ ッ チ の 周 期
ミランコビッチ学説の復活・マリンスノー


ミランコビッチ

ユーゴスラビアの偉大な科学者(1879〜1958)ミランコビッチが提唱した、地球の自転や公転運動に伴った非常に長い時間での変動周期である。

地球の自転軸がゆらぐ運動が
歳差とよばれるものであるが、ゆらぎの振幅が大きい時は2.3万年、小さい時は1.9万年の周期で変動している。

現在の地球は、公転面に対して自転軸が
23.7度傾斜しているのであるが、この傾斜角は21.5度と24.5度のあいだを4.1万年の周期で変化している。

公転軌道は、円形に近い軌道と偏平な楕円軌道を
約10万年の周期で繰り返している。 

この楕円軌道の離心率は
10万年周期の変動をすると同時に約41万年周期でも変動している。

1920年、ミランコビッチは、地球の歳差運動、地軸傾斜、軌道離心率の変化に伴って
日射量が変化したため、大きな氷河が発達したものであるという「氷期の原因に関する天文学説」を提唱した。

日射量は、高緯度地方では
4.1万年の地軸の傾きの周期に影響され、低緯度地方では2.3万年の歳差運動の周期に強く影響されて変動することを示した。

この学説は、当初は受け入れられたが種々の問題点が指摘されるようになり、しだいに忘れ去られていった。

しかし、彼の死後18年も経過した1976年になって復活したのである。

ミランコビッチの学説が復活したのは、海底の堆積物に含まれる微生物の殻の酸素同位体の研究であった。 

陸地から遠く離れた海洋では、海底の堆積物は海洋に生息する微生物(有孔虫が代表的である)の炭酸カルシウムの殻が、海水に溶けずに堆積する。

この量は想像以上に多く、雪が降るように沈下するので
マリンスノー(海の雪)と呼ばれている。

海底堆積物に含まれる有孔虫の化石から求めた
過去75万年間の酸素同位体の変動曲線から、41万年、10万年、4.1万年、2.3万年、1.9万年という周期が得られた。これらは全てミランコビッチ周期に当たるものである。

1976年にヘイズ、インブリー、シャクルトンの三人が、インド洋の堆積物中の有孔虫化石の酸素同位体比曲線を基にして「ミランコビッチ学説」を復活させて以来、1980年代はミランコビッチ周期に関係した膨大な研究論文が発表され現在まで続いている。











永 久 凍 土 と 森 林 の 共 生
森 林 生 育 の 不 思 議



永久凍土と森林の共生関係

シベリア永久凍土の広大な面積は、針葉樹の森林(タイガ)に覆われている。

NOAA衛星画像によると植生は、北緯47度から増大をはじめ北緯52度で最大となる。これは永久凍土の分布域と一致する。
タイガ地域は降水量は約260ミリメートル程度に過ぎず、砂漠かあるいは半砂漠の成立条件と同程度である。

何故にこのような寒冷地で降水量も砂漠程度の地域に森林が生育するのか不思議である。

タイガの下には400メートルまでの厚い永久凍土が存在している。

夏には表層から1メートル程度が融解し、これを活動層と呼ぶ。

永久凍土は全く水を透さないため、わずかな降水や融雪水は活動層内に保持され、これを有効に利用してタイガが成立している。

永久凍土側から見ると後氷期の温暖化で、永久凍土は融解しやすくなっているのを、森林が密に繁茂して、夏の日差しを遮り、表面の過熱とそれによる融解を防いでいる。

永久凍土とタイガが相互に存在を助け合う関係を共生関係と呼び、後氷期以降1万年以上も継続している。






日本の面積の約20倍で世界の森林面積の約30%を占めるシベリアの大森林タイガも今危機的な状況にある。

それは伐採と森林火災により加速度的に森林が消えている。

森林火災の原因も、落雷などの自然現象によるのは30%にも満たない。

残りの大多数は人為で引き起こされている。人々がタイガに入り、不注意で火災を起こしているのだ。

衛星画像から火災を読み取ると、毎年数万箇所で火災が発生してる。

2002年夏には火災による焼失面積は200万ヘクタールを超えたと推定されている。

火災の強度の異なる場所での測定結果から、平均して1ヘクタールあたり51トンの二酸化炭素が大気に放出されたことになる。

一方火災を受けなかった森林は、平均して1年間に1ヘクタールあたり1〜0.5トンの二酸化炭素を吸収している。

そこでもし森林の1.9%が焼失すると、火災による二酸化炭素の放出量が、焼けなかった森林の吸収量を上回ってしまう。

これは地球の温暖化をさらに加速する影響を意味する。

森林火災の発生頻度が増加すると、再び森林更新が起こらなくなることもある。

シベリアタイが地域は、もともと乾燥した地域でもある。 

東シベリアのヤクーツクの年間降水量は260ミリメートルに過ぎない。これは砂漠の出現する限界値200ミリメートルに近い。

これだけ乾燥していても世界最大の森林が成り立つのは地下の永久凍土が存在するからある。

凍土は水を通さないために、わずかな降水は下方浸透せず夏の1メートルほどの融解層に保持される。

これを有効に利用して森林が成り立っている。しかし、度重なる火災で森林で森林が失われると、その下の永久凍土も深くまで融解し、十分な土壌水を保持できなくなる。

さらに卓越した乾燥のために、土壌表面に塩類が集積してくる。

この状態になると再びタイガが回復することはない。つまり後戻りできない(不可逆的な過程)が発生し、タイガの復元力が失われてしまう。

「流体的地球像 著者:福田正巳・濱田隆士」





SYNCHRONATURE