デフレからの脱却
エクルズ(元FRB議長)の功績



信用 創造
バブル経済
GDP
税の源泉

財政 危機
政府の借金ゼロ
オズの魔法使い
金貨供給量・金本位制
BIT COIN
CRYPTO CURRENCY


1998年から日本はデフレーションに突入・脱出不可能か?

1990年代初頭に、いわゆるバブル経済が崩壊し、日本は不況に突入しました。

それ以来、政権はめまぐるしく交代し、さまざまな経済政策が実行されてきました。

経済学者や経済評論家たちは、好き放題と言っていいほど、日本経済のあり方や行く末について論じ、いろいろな処方筆を書いてきました。

時には、世論の熱狂的な支持を受けて成立した政権が、産業や金融や税財政だけでなく、政治、行政、教育、地方制度に至るまで、あらゆるシステムの抜本的な改革に取り組んできました。 

しかし、経済は一向に健全化しません。

それどころか、日本の国力は衰退の一途をたどっています。

ついに、生まれてから一度も本格的な好景気を知らない世代が成人することになってしまいました。

特に、1998年から現在に至るまで、日本は、物価が数年間にわたって持続的に下落する「デフレ(デフレーション)」という状態に突入しており、デフレから抜けられなくなっています。

2012年1月には、2011年の全国消費者物価指数が3年連続でマイナスになったと発表されました。

10年以上もデフレにあると、もはやデフレが当たり前のように思われるかもしれません。

しかし、実は、第2次世界大戦後から現在の世界大不況までの間、デフレを経験した国は、これまでのところ、日本しかないのです。

すでに日本は、20年にも及ぶ深刻な不況から抜け出せないままに、この世界的な経済危機を迎えているのです。

2008年のリーマン・ショックに端を発する世界金融危機は「100年に1度の危機」とも言われており、資本主義のあり方そのものが問い直されているのです。

2008年以降、世界は大不況に突入し、欧州債務危機の深刻化、中国の経済成長の鈍化、中東・北アフリカ情勢の不安定化など、さまざまな政治的・経済的リスクが顕在化しています。 

戦前にも、デフレという現象はありました,典型的なデフレは、1930年代の世界恐慌です。

世界恐慌は、1929年のニュ一ヨーク株式市場の暴落をきっかけにアメリカで発生し、世界中に広まり、深刻な経済危機を引き起こしました。

世界恐慌は、第2次世界大戦の経済的な原因のひとつとも言えます。 

戦後、世界恐慌が世界大戦にまでつながったという悲劇を繰り返さないため、デフレは2度と起こすまいというのが、経済政策担当者や経済学者たちのコンセンサスとなりました。

このため、戦後は、各国ともインフレーション)には悩みましたし、しばしば不況にもなりましたが、デフレだけは経験することはありませんでした。

どの国も、デフレにならないように経済運営を心掛けたからです。

ところが、1998年に日本はデフレに陥ってしまいました。

しかもアメリ力では、あの世界恐慌の時ですら、物価の下落は1929年から4年ほどで止まっているというのに、日本では、もう10年以上も物価の下落が止まっていない。

そういう意味では、日本のデフレは、世界恐慌よりも深刻であると言えるでしょう。 

これは、相当な異常事態です。

デフレ回避は、戦後の政策担当者や経済学者の常識であったにもかかわらず、これまで日本だけがデフレに苦しんできたのです。

これは、言い換えれば、わが国の経済政策担当者や経済学者の大半が、経済政策上の常識すら身につけていなかったということです。

もっとはっきり言えば、デフレという不名誉な実績は、日本の経済政策に影響を与えるエリートたち  政治家、経済官僚、経済学者、財界のリーダーたち、マスメディアの論説  のレベルが、いかに低いかを示しているということです。

彼らは、どうやってデフレを克服するのかを知らないどころか、なぜデフレを克服しなければならないのかも分かっておらず、さらにはデフレとは何かすら理解していないのです。

出所:「レジーム・チェンジ」 恐慌を突破する逆転の発想 中野剛志著 NHK出版新書刊 2012-03-10



マリナー・エクルズの功績


マリナー・エクルズは、もともとは実業家であり、銀行家でしたが、恐慌を経験した実体験から、ニューディール政策の理論的支柱となる新たな政策理念を編み出し、それをルーズヴェルト大統領に進言したのです。

エクルズは、その功績により、1934年にFRBの議長に推挙され、48年まで議長を務めました。

エクルズの政策理念は、後にジョン・メイナード・ケインズが1935年に公刊した「雇用、利子および貨幣の一般理論」と同じものでしたが、エクルズはケインズの本を読んだことがありませんでした。

彼は、現実の経済の観察と自身の経験から、ケインズと同じ結論に達し、議会における証言や政府高官への進言、そして講演やラジオでのスピーチ、あるいは健全財政論者との論争などをこなすことによって、政策レジームを大きく変えていったのです。

1930年代、アメリカは、当時の経済理論の正統であった「デフレ・レジーム」に忠実なフーバー大統領が緊縮財政や高金利政策を打ち出したために恐慌に突入しました。

しかし、政権交代によって登場したルーズヴェルト大統領が、ニューディール政策を打ち出して「政策レジーム」を大きく転換し、大デフレ不況から脱出したのです。

しかし、ルーズヴェルトは、当初から解決策を知っていたわけではありません。

むしろ、ルーズヴェルトもまた、主流派の政策理念に忠実であり政府支出の削減が経済を回復させると信じていました。

就任直後の1933年3月には、ルーズヴェルトは、均衡財政の予算教書を打ち出し、新聞各紙から称賛されています。

彼もまた、デフレ・レジームの支配下にあったのです。

しかし、ルーズヴェルト大統領の周辺には、市場原理主義的な主流派の経済理論に異を唱える異端の経済学者や実務家たちがブレーンとして集まっていました.。

ニューディール政策は、そうした彼らの議論や試行錯誤のなかから生み出されました。

経済理論ではなく、現実の経済の観察や実践的なセンスが、政策レジームを転換し、恐慌からの脱出を成功させたのです。 

この政策レジームの転換において、大きな役割を果たしたのが、マリナー・S・エクルズです。

エクルズは、現代日本を支配しているのと同じような、頑迷な「デフレ・レジーム」と対決していました。

実際、エクルズが批判した人々の言説は、今日の日本の構造改革論者や健全財政論者にそっくりです。

そうしたなかで、政策レジームの転換を成し遂げ、恐慌からの脱出に多大な貢献をしたエクルズの軌跡をたどることは、これから日本の政策レジームを転換していく上で、非常に有益であると思われます。




正確なデフレの理解


エクルズは、当時の経済界や金融界の指導者たちが「この事態はいずれ自然に底を打つという誤った哲学「政府は「自然の法則」に介入すべきではなく、デフレは放置すべきである」を抱いていると述べています。

彼らは、財政赤字の拡大によって政府の信認が失われ、金と通貨の交換が不可能になると考えていました。

現在の日本でも「財政赤字が肥大化すれば、円の国際的な信認が揺らぐことになる」という声がひんぱんに聞かれますが、それと同じです。

また、当時の通説では、インフレについては避けるべきである一方、デフレについては、自然の調整過程だとされていました。

「ある産業が衰退すれば、賃金と金利が下がり、コストが低下するので、他の産業の成長を刺激するだろう。

資産価格の低下も金利を下げる。物価の下落は需要を刺激する」というのです。

こうした発想もまた、今日、市場原理主義的な構造改革論者によって引き継がれています。

しかし、エクルズは、デフレが民間債務の縮小と支出の削減の悪循環であり、この債務デフレのプロセスには底がないことに気づいていました。

「人々は価格が下がり続けると信じている限り、モノではなくカネを欲しがる。

価格がこれ以上下がらず、上がり続けると思うならば、カネを使いたくなる。

現在の心理は、人々が価格低下の期待を抱いている場合の産物である」

当時の人々は、インフレばかりを恐れていました。

まさにデフレ・レジームの発想です。

しかし、銀行家であったエクルズは、デフレはインフレよりもはるかに破壊的であることをよく理解していました。

民間企業がいっせいに、設備投資や資材調達のための支出よりも貯蓄を増やしたり、債務を早く返済したりしようとすれば、デフレが進みます。

負債が減ることは一個人や一企業にとっては良いことでも、これが経済全体に当てはめられると、資本主義は機能しなくなります。

「われわれの資本主義システム全体は、債権者と債務者の関係のシステムの上に構築されている」と述べるエクルズは、ミンスキ一と同様に、資本主義が金融を基礎にする不安定な経済システムであることを見抜いていたのです。

成熟経済のデフレ圧力

当時の経済界や新聞各紙は、政府が支出を減らし、失業者の救済をやめても、財政が健全化すれば、民間企業は自信を取り戻して投資を拡大し、雇用を創出すると考えていました。

しかし、このような見解は、1920年代のアメリカに起きた大きな経済構造の変化を見落としているとエクルズは指摘しています。

その構造変化とは、成熟経済化です。

1920年代のアメリ力では、もはや国内にフロンティアはなく、海外にもかつてのように、急速に拡大する市場はなくなっていました。

また、第一次世界大戦を契機に、アメリ力は、債務国から債権国へと変わっていました。

当時のアメリカは、経済が成熟化し、新たな投資先が乏しくなりつつあり、慢性的な貯蓄過剰になっていました。

このため、構造的なデフレ圧力が発生するようになっているとエクルズは診断しました。

政府が支出を減らし、債務を削減していけば、民間が投資を拡大していけるという発想は、投資需要が急速に拡大し、貯蓄不足になりがちな、高度成長経済の残影に過ぎないのです

だとするなら、成熟経済の構造的なデフレ圧力から逃れるには、政府が債務を負って投資を行うしかありません。

奇妙なことに、今日の日本では、エクルズの議論とは全く逆の通俗観念が流布しています。

日本では、経済が成熟化し、かつてのような高度成長は望めなくなったから、公共投資は不要であり、官主導から民主導の経済システムへと移行しなければならないといったような議論が数多くあります。

また、近年では、巨額の対外債権を保有する貯蓄過剰の国であるにもかかわらず、「日本は海外に積極的に投資し、また海外からの投資を積極的に受け入れるべきだ」という主張が幅を利かせています。

しかし、実際には、エクルズが言うように、
成熟経済では、投資機会の低減により貯蓄過剰が慢性化し、デフレ圧力が発生しやすくなるのであり、ゆえに公共投資が需要不足を補う必要があるのです。

しかも、
2008年以降の世界大不況によって世界市場は縮小しています。

中長期的に見ても、中国をはじめとする新興諸国ではこれから人口の成長が鈍化していくと考えられており、外需の成長には限界が見えています。

世紀の変わり目に、わが国の経済は、開拓していく段階から、われわれの足場を固めて資源を注意深く活用する段階へと移行した。

搾取よりむしろ保守こそが、合言葉となったのである。

時代の変化に注意を促すエクルズのこの言葉は、現代の日本に向けられていると言ってもよいでしょう。

日本は、
90年代以降、「経済が成熟化し、かつてのような高度成長が見込まれなくなった」と認識していたにもかかわらず、高度成長を前提とした政策レジ一ムであるデフレ・レジ一ムへと、本来向かうべき方向と全く逆の向きへと舵を切っていたのです。

補正的財政論

経済が成熟化した債権国においては、政府はデフレ圧力に抗するために、国債を発行して積極的に公共投資を行うべきだというエクルズの画期的な発想は、当然のことながら、反発を受けました。

ハリー・F・バード上院議員も、エクルズを批判した論者の一人です。

バ一ド上院議員は、今日の日本にも多い健全財政論者と同様に、政府は赤字を垂れ流してはならないと主張し、エクルズを激しく攻撃しました。

エクルズもこれに応戦しました。

健全財政論者は、政府の債務を、個人の債務のように誤解しているのだとエクルズは指摘しています。

「私は、バード上院議員のように、政府は個人と同様に、所得以上に支出すべきではなく、したがって予算は常に均衡していなければならず、債務は負ってはならないと信じる人々には同意できない」

そもそも、資本主義経済においては、貸し借りは当然の経済行為であり、貸し借りがあるということは、債務が発生するということです。

「債務の拡大なしに繁栄した時代はなく、反対に、債務の縮小なしにデフレに陥った時代はない」のであり、実際、1929年から33年の大恐慌時代、政府債務と民間債務は14%ほど減りましたが、同時に国民所得も50%以上減ったのです。

したがって、民間債務が減少し続けるデフレ期においては、政府債務も削減してしまっては、デフレは悪化するだけなのです。

そこでエクルズは、次のような見解に達しました。

「財政政策という政府の行動は、補正的な役割を果たすべきだ。すなわち、財政は、民間の信用が拡大している時だけ緊縮し、民間活動が低下している時だけ拡大すべきである」

要するに、
国家財政は、好景気である時は財政黒字を増やすべきであっても、デフレ不況の間はむしろ赤字財政でなければならないということです。

エクルズは、財政は、収支の均衡によって評価するのではなく、経済に対する影響によって判断すべきであるという
「機能的財政」論に到達していました。

「問題は、
財政赤字が政府の決定によって生じた独立の問題ではなく、経済全体の不均衡の反映だということである。

予算の不均衡の是正を望む前に、
経済の不均衡を是正しなければならない」

バード上院議員がニューディール政策による財政支出の拡大を「浪費」と言い、政府債務を「負担」と言って批判したのに対して、エクルズは、次のように反論しています。

20世紀基金
(Twentieth Century Fund)の優れた学者たちの研究が、政府と民間の双方を合計した国内債務は、現在、1929年よりも大きくなっていないことを指摘しているのを知らないのですか?

もし、そうであるなら、1929年以降の人口増と物質的富の増加を無視して、公的債務の増加のみに気をとられ、国の借金に一面的な危機感を表明しているということにはなりませんか?

金利の低下のおかげで、1929年よりも今日の方が、利払いの負担ははるかに少なくなっていることは、重要ではないのですか?

連邦政府の債務の利払いの負担が減る一方で、債務のおかげで増えた国民所得は1932年から増加し、1937年には300億ドル以上も増えていることは、重要ではないのですか?

連邦政府の債務の利払い負担は、国民所得の1%強に過ぎないことは、重要ではないのですか?

そして最後に、国全体として、われわれは
外国ではなく、自国民に対して債務を負っていることは、重要ではないのですか?

このエクルズの反論は、今日の日木の健全財政論者にも、そっくりそのまま当てはまるのではないでしょうか。

日本では、
デフレにもかかわらず、財政健全化と安定財源の確保を目的とした消費税の増税を求める声が強くあります。

しかし、エクルズは、財政の健全化は、国民所得の成長がなければ達成し得ないと認識していました。

財政を健全化するためにも、デフレから脱却して国民所得を増やさなければならないのであり、そして、そのためには消費税は増税すべきではないのです。

エクルズは、課税を財源確保の手段としてではなく、
資金の流れを調整するための手段として考えていたのです。

したがって、利益を生む需要を見つけられずに滞留する貯蓄をかかえている高所得者層に対しては増税を行う一方で、消費税は減税すべきだと彼は主張しました。

もはや言うまでもないとは思いますが、エクルズは、今日の日本の消費税の増税には、間違いなく異を唱えたことでしょう。

財政政策の役割とは何か

頑固な健全財政論者のバ一ド上院議員は、政府債務の絶対額が増えていることを問題視しました。

しかし、エクルズは、
政府債務の債権者が国民である内国債では、債務の額は問題ではないと反論しています。

「内国債の問題は、公的債務であれ民間債務であれ、国の実質的な富の全体との関係で考慮されるべきである。

われわれの全債務が大きかろうが小さかろうが、国民所得全体に依存している」

エクルズは、
国債が個人の債務とは性格が違うということを繰り返し主張しました。

個人や企業であれば、破綻することはあるかもしれないが、合衆国のような人的・物質的資原を持っている国が、自国民から借りることで貧しくなることはあり得ない。

われわれが貧しくなるとしたら、実質的な富の生産において、遊休の人員、資源、生産設備そして資源の有効活用に失敗することによってである。

政府債務の大きさが問題ではないことを証明する歴史的事実として、エクルズは、イギリスの歴史家・政治家であるマツコーリー卿の「イングランド史」を引用しています。

そこには、イギリスがフランスのルイ14世と戦争をしていた頃、イギリスの政府債務は5000ポンドから8億ポンドへと激増し、財政破綻を懸念する声が高まりましたが、結局、財政破綻も経済の破滅もなかったと記録されています。

財政政策の主たる役割は、財政の健全化ではありません。

「需要不足/供給過剰」という
経済全体の需給の不均衡によって発生した遊休の生産設備や人員(つまり失業者)あるいは余剰資金を、社会にとって有益になるように活用することなのです。

重要なのは、財政の均衡ではなく、経済の均衡です。

「経済政策の枢要は、国民所得の流れを制御して、われわれが生産した財やサービスと、国民の購買力との間の均衡を維持することでなければならない」

このように、政府に経済全体の需給を均衡させる役割をゆだねるという発想は、市場による均衡が信じられていた当時としては、きわめて画期的なものでした。

エクルズは、恐慌という新たな事態に直面して、革新的な政策哲学を打ち出したのです。

それは、インフレの時には均衡財政を目指し、デフレの時にはむしろ財政赤字を拡大させて、国民経済をバランスさせるというものでした。これをエクルズは
「弾力的予算の原則」と名づけています。

「われわれは、弾力的予算の原則が私的資本主義に必要な保護装置であり、経済の極端なインフレやデフレを緩和するための手段として財政を用いることを学ぶ必要がある」

権力の中央集権化を

1933年の上院公聴会における証言で、エクルズは、次のように述べています。

現在の無秩序の経済がもたらした狂った混乱や恐怖のなかで、われわれは、歴史上、これまでにない大胆で勇気ある指導力を必要としています。

産業の進化によって、新たな経済哲学 新たな経営の視点そして社会システムの根本的な変化が必要となっています。

19世紀の経済学は、もはや役に立ちません150年の寿命が巻わったのです。

自由競争と無制御の個人主義による正統の資本主義システムは、もはや役には立ちません。

エクルズの言う「自由競争と個人主義の資本主義システム」とは、本書が「デフレ・レジーム」と呼んできたもののことです。

では、それにとって代わるのは、どのようなものか。

エクルズは、
「政府が上から制御し、規制する修正された資本主義システム」であると述べています。

それはいわば「政治化された資本主義」であり、「民主資本主義」と呼ぶべきものでした。

1933年の公聴会で、エクルズは、各州に、貧民と失業者の救済のための資金を配分することを提案しています。

ある議員から、この提案を正当化する論理を問われると、エクルズは、連邦政府には
国家主権があり、通貨発行権を有しているのに対し、州政府はそうではないので、その意味で個人や企業と同じであると答えています。

デフレ不況のような事態は、通貨発行権を有する中央政府の集権的な力でしか解決できないというのです。

加えて、彼は、政府による公共事業を実施することや、預金保険制度の創設、あるいは、農産物価格を引き上げるための農産物割当制度も提案しています。

また、エクルズは、第一次世界大戦時の同盟諸国の債務の帳消しを主張して、出席者を驚かせています。

この政策について、彼は次のように説明しています。

同盟諸国は、アメリ力に対する債務を支払うために輸出を拡大しなければならないので、アメリカは、債務を帳消しにしなければ、これらの国々から安価な製品を輸入して
デフレ圧力を受けるしかなくなるというのです。

さらにエクルズは、より根本的な制度改革として、連邦準備制度の監督下での銀行システムの統一、資本蓄積の制御のための所得税と相続税の高率化、児童労働、最低賃金、失業保険、老齢者年金について全国レベルの制度の統一、そして国全体の経済活動を調整する国家経済局の創設などを提言しています。

日本では、デフレ不況であるにもかかわらず、中央政府の権限が強すぎてよくないということで、
地方分権の構造改革が進められました。

しかし、その結果、地方政府の財政は悪化し、地域経済の疲弊は深刻化しています。

それにもかかわらず、現在でも、
「地域主権」が唱えられ、道州制の導入を求める声すらあります。

これに対し、実践的なエクルズは、建国以来、連邦制の伝統を持つアメリ力にありながら、その伝統の固定観念にとらわれることなく、恐慌を克服するためには中央集権的な権力が必要だと考えていました。

彼は、恐慌を戦争と同じように、国全体が一丸となって連帯し、戦うべき問題とみなしていたのです。

「地方分権」あるいは「地域主権」といった構想は、日本では未来のあるべき国の姿であるかのように語られてきましたが、これもやはり、デフレ・レジームの産物に過ぎなかったのです。

金融政策の本当の目的とは

では、エクルズは、
「インフレ・ターゲティング」政策については、どのように考えたのでしょうか。

実は、エクルズは、1938年の公聴会において、金融政策の責任者であるFRB議長として証言し、金融政策によってインフレを退治することはできても、デフレ不況を克服することは困難であると述べています。

金融政策を経済安定化のための唯一の要因として見ると、大いに失望することになると私は思います。

なぜなら、金融行動のみを通じて、完全な経済の安定を生み出し、安定的な状態を維持することは可能ではありません。

もちろん、インフレの昂進を止めるのに十分な金融引き締めは可能ですが、金融行動によって不況を止めることは非常に難しいのです。

エクルズは、物価の安定は、必ずしも経済の安定にはつながらないと考えていました。

なぜなら、
物価は、経済の健全性を示すのに十分な指標ではないからです。

エクルズは、世界恐慌前夜の1927年後半から29年の後半、物価はそれほど上昇していなかった一方で、資産価格が高騰し、バブルが起きていたことを指摘しています。

均衡財政それ自体が財政政策の目的ではないように、物価の安定化それ自体は金融政策の目的ではない。

経済政策の目的は、あくまで経済の安定化である。

これがエクルズの一貫した姿勢でした。

もし
アラン・グリーンスパンが、大先輩のエクルズから、この姿勢を学んでいたならば、2000年代の大失策は犯さなかったことでしょう。

なお、第二次世界大戦後、インフレが進むと、エクルズは、インフレを抑制するために、ホワイトハウスや財務省と対立しつつも、FRBによる国債の購人を制限する財務省との合意(「アコード」)の成立に尽力しています。

政策レジームの転換によってデフレからの脱出を成功させたエクルズは、インフレに直面して、再ぴ政策レジームを転換させたのです。


民主政治の再生

もちろん、エクルズの提案がすべて採用されたわけではありません,

また、彼自身、確立した理論に従っていたのではなく、自身の観察と実践的な直段に基づいて、試行錯誤をしたのであり、彼の判断が間違っていた場合もありました。

たとえぱ、彼は、1936年頃の景気回復を恐慌からの脱出と誤認しましたが、実際には、37年から再び恐慌に突人しました。

したがって、エクルズの提案した政策がどの程度効果を発揮したのかについては、個別の検証が必要な面もあるでしょう。

さらに、彼の議論が現代の日本にどの程度当てはまるのかも、考慮しなければなりません。

 しかし、エクルズの提唱した政策は、いずれも方向性としては、デフレをインフレへと転技させるものであり、また資本主義の不安定性や政府の役割についての彼の洞察は、理論的にはおおむね正しいものでした。

そして何より、エクルズの説得は、ルーズヴェルト大統領をはじめとする政府高官や世論に影響を与え、政策レジームの大転換を果たし、恐慌からの脱出を成功させたのです。

 さらに、エクルズは、恐慌を単なる経済問題としてではなく、もっと大きな社会や政治の問題として認識していました。

恐慌は、資本主義を危機に陥れるだけではなく、
健全な民主政治の基盤である人々の雇用や生活を脅かすものだからです。 

主流派の経済学者は、とかく市場のメカニズムを重視し、そのメカニズムの過程で生じる倒産、失業、混乱については、「変化に伴う痛み」であり「改革のためのやむを得ないコスト」であると片づけがちです。

しかし、資本主義は、そのような自己調整メカニズムを持っておらず、特にデフレは底なしの悪循環です。

そして、民主主義は、資本主義の不安定化がもたらす痛みに耐えることができません。 

われわれに欠けていると思われるのは、われわれが望む資本主義的民主政治の本質に関する十分な理解である。

われわれは、自由放任の経済システムを維持することはできない。

そのような経済システムであったら、政府は受動的であり、自然の成り行きに任せ、インフレや自己増殖するデフレというともに破壊的な両極端を緩和するために何もしないというものになるだろう。

そのような両極端は、仮に自己調整的にいずれ終息するのだとしても、民主政治における人々がそのコストに耐えられるとは私には思えない。 

市場原理主義の教条を信じて、国民に痛みを強いる構造改革論者や経済学者たちは、資本主義そして民主政治の本質を理解していないのです。

 エクルズは、アメリカの自由民主主義の伝統を守るためには、政府と産業界は、指導力を発揮して、多くの国民の雇用を全力で守らなければならないと強調しています。

人々が恐慌で苦しんでいる時、生活が脅かされている時、民主政治の経済的基盤が揺らいでいる時に、財政赤字の拡大を恐れて政府支出を惜しむなどという考え方を、エクルズは真つ向から否定しています。

それは、敵国から国を守るために、戦時国債の発行をためらうなどということはありえないのと同じだというのです。

敵国との戦争から人命を守るために使われるのと同じ政府債務が、平時においては、失意と絶望から人命を守るためにも使われるのである。

戦争を戦うための政府の能力には制限がないのと同様に、恐慌と戦う政府の能力にも制限はない。

両方とも、人的資源と物質的資源、頭脳そして勇気のみにかかっている。

 第二次世界大戦前夜という当時の時代背景から、エクルズは、恐慌の克服を戦争になぞらえています。

現代の日本ならば、東日本大震災からの復興と言うべきでしょう。

ところが、日本の政治は、財政赤字の拡大を懸念して、復興費用を出し借しみ、財源の確保の議論に明け暮れ、ついには消費税の増税までも目指し始めています。

私たちはとてつもなく大きな過ちをおかしているのではないでしょうか。

レジーム・チェンジに向けて 平成の「失われた20年」を振り返ると、私たち日本人は、「デフレ・レジーム」にのっとった構造改革以外の選択肢をほとんど持っていませんでした。 

2009年の衆院選で、民主党政権が選択されましたが、それは、
構造改革以外の選択肢を求める国民の声を反映したものだったように思います。

しかし、民主党政権がマ二フェストで掲げた新たな選択肢とは、子ども手当や高速道路料金の無料化のような単なる福祉のバラマキ政策に過ぎませんでした。

しかも、民主党のマニフェストのなかには、「コンクリ一トからヒトヘ」の標語に象徴されるように、公共投資の削減というデフレ・レジームも混在していました。

そして、鳩山政権の非現実的なバラマキ政策が頓挫するや否や、続く菅政権と野田政権は、消費税の増税やTPPへの参加など、より純化したデフレ・レジ一ムへと回帰していきました。

 要するに、日本の有権者は、民主党のマニフェストのような非現実的で一貫性のないバラマキ政策でなければ、「デフレ・レジーム」の構造改革しか、選択肢を与えられていないのです。

これでは、日本が閉塞状況に陥るのも当然です。 

いずれを選んでも不幸にしかならない政策レジ一ムの選択肢しかなければ、いくら選挙をやって指導者を取り替えたところで、デフレがもたらす閉塞と衰退から逃れることなどできるはずがありません。

最近、政権交代や政界再編を睨んだ政治の動きが活発になっていますが、政治勢力がいくら離合集散を操り返しても、政策レジームの転換がなければ、これまでの失敗を繰り返すだけに終わるでしょう。

しかし、レジーム・チェンジが起こる予兆もあります。

というのも、長期にわたるデフレ不況、リーマン・ショック、欧州債務危機など、デフレ・レジームが自ら崩壊していく様を私たちは目の当たりにしているからです。

もちろん、長年にわたるデフレ・レジームの強固な支配を打ち破り、新たな民主資本主義の政策レジームを樹立することは容易ではありません。

レジーム・チェンジが成功するか否かは、私たち日本人の「人的資源と物質的資源、頭脳そして勇気のみにかかっている」のです。


出所:「レジーム・チェンジ」 恐慌を突破する逆転の発想 中野剛志著 NHK出版新書 2012-03-10




コンプライアンス・デフレ

以上、新自由主義を基本として考えた時に、どのような政策が採用されるかを述べましたが、それらをまとめると、次のようになります。

1. 構造改革(規制緩和)

2. 緊縮財政(主として公共事業関係費の削減)

3. 消費税増税、法人税減税、ならびに所得税の累進制の緩和

こうしてみると、今日、日本の財政、金融、経済、産業の政策は、この1.〜3.で埋め尽くされていることがお分かりいただけるのではないかと思います。

橋本行政改革や小泉・竹中改革の時代を中心に、1.の規制緩和や2.の公共事業関係費の大幅な削減、そして、3.の消費税増税(および導入)と法人税減税が繰り広げられてきています。

さすがに、3.の所得税の累進性の緩和は国民世論の反発が強く、未だ実現はされていませんが、竹中平蔵元大臣は、かねてより「人頭税」といって、国民一人から平等の税金を徴収する、一切の累進制を排除した税の導入を主張しています。

そして現在の民主党政権も、これらの1〜3の、新自由主義的な政策を徹底的に推し進めようとしています。

1の構造改革、規制緩和については、2010年に「新成長戦略」を閣議決定していますが、その中には、この構造改革的、規制緩和的要素が色濃く導入されていますし、2の公共事業の削減は「コンクリートから人へ」というスローガンの下、戦後日本史上、最も過激に進められました。

3については本書執筆時占…の野田首相は「不退転の決意」で消費税増税を行おうとしています。

さらに言うと、昨今俄に着目を集めている大阪維新の会もまた、徹底的な構造改革と、大幅な緊縮財政を図ろうとする基本政策を採用しています。

このように、多くの国民がはっきり意識しているかいないかはさておき、我が国は、徹底的に、新自由主義のイデオロギーにそった政策が進められており、かつ、それが国民的な支持を受け続けているのです。

もしも、これらの1〜3の取り組みで、日本国民が皆幸福になるのなら、それはそれで大変結構なことなのですが、残念ながら、これらの政策を徹底的に推進すれば、一部の例外を除いてほぼ大半の日本国民が不幸になってしまいます。

なぜなら、これらの政策はいずれも(インフレを抑制する対策としては有効ではあるのですが逆に言えばそれは)、「デフレ促進策」だからです。

なぜ、コンプライアンスによってデフレになったのか?

そもそもデフレとは、マーケットにおける「需要」よりも「供給」のほうが大きい状況を言います。

いわば、お店が多いのに、お客さんが少ない状況です。

そういう状況では、どのお店も収益が減ってしまい、労働者の給料が減ってしまいます。

しかも、そんな状況では「価格引き下げ競争」が起こり、ますますお店の収益も、労働者の給料も減ってしまいます。

そうやって皆が「貧乏」になっていけば、ますます、皆がオカネを使わなくなって、需要が減ります。

こうやって、経済がどんどん停滞していくのです。

これが、世に言う「デフレスパイラル」というものです。

この状態を脱却するには、需要と供給の間のギャップ、つまり「デフレギャップ」を減らすしか、方法はありません。

そしてそのためには、供給が増えすぎることを抑制しつつ、需要を増やす取り組みが必要です。

その典型的な取り組みが、「政府の公共事業」です。

つまり、余っている供給分を、政府が「買い上げる」わけです。

そうすると、デフレギャップが埋まって、マーケット内の企業の収益も、労働者の給料も守られ、経済の停滞が止められ、再び成長できることとなります。

こういう取り組みは、一般的に「ニューディ:ル政策」と言われているもので、1929年の世界大恐慌で、大デフレ不況に陥ったアメリカが採用したものです。

そして、アメリカはそのニューディール政策でデフレ不況から立ち直り、その後、大きく発展していった、という歴史は、誰もが教科書で習った史実ではないかと思います。

そして、2008年のリーマンショックで、同じくデフレ不況に突入してしまったアメリカが採用したのも、同じ取り組みでした。

その時、アメリカはなんと、「400兆円」もの政府支出を拡大し、デフレギャップを埋めようとしたのです。

今アメリカ経済が、リーマンショック後、ある程度持ち直しているのは、この400兆円の未曾有の財政出動のおかげだったのです。

ところが日本は、この「ニューディール政策」を大規模に実施することが、できない国になってしまっているのです。

言うまでもなく、かの新自由主義に対する「コンプライアンス」によってです。

先にまとめた3つの政策方針をご覧下さい。

「1造改革(規制緩和)」ですが、これは供給を増やしてしまいます。

ですから、これを進めればデフレギャップが広がり、デフレが悪化します。

「2緊縮財政(主として公共事業関係費の削減)」は、アメリカが大恐慌時やリーマンショック時に徹底的に行った、デフレギャップを埋めるためのニューディール政策の遂行を阻止します。

そのため、デフレギャップが放置されることとなります(なお、この緊縮財政とも関連するものとして、日銀が、国債の買い取り額を一定水準以下にする、という、世界的にも極めて珍しい自らが取り決めたルールに、杓子定規にコンプライアンスしているという問題もデフレを悪化させる原因となっています)。

コンプライアンスに基づく税制改革は、いずれもデフレを悪化させるそして最後に「3消費税増税、法人税減税、ならびに所得税の累進制の緩和」をやってしまうと、需要そのものが低下します。

まず、「消費税」は需要そのものに課税するものですから、需要の低下は免れません。

所得税の累進制の緩和は、非高所得者の需要を大きく殿損します。

その分、高所得者が需要を増やすことがあるなら、需要が低下することはありませんが、必ずしもそうなるとは限りません。

なぜなら、高所得者は大量の金融資産を持っていますが、この金融資産は、デフレ下では、「できるだけ使わないことのほうが、合理的」だからです。

そしてデフレとは、貨幣価値、平たく言うと1万円の価値が、年々「上昇」していくことを意味します。

つまり、「今」使うより「未来」に使ったほうが、たくさんのモノやサービスを買うことができる状況がデフレです。

もちろん、衣食住といった低所得者でも出費せざるを得ない必需品は、買い控えというのはできませんが、必ずしも今買わなくても良いような高級品は、将来買うほうが、安く買えるようになるわけですから、現時点において購入しようとする傾向が低下してしまいます(これがまた、デフレスパイラルを加速させるわけです)。

こうした理由から、デフレ下では、高所得者ですら、大量の需要を生み出すわけではない、ということとなるのです。

その結果、所得税の累進性の緩和は、デフレを緩和するとは考えがたく、むしろ、人口の大半を占める非高所得者の需要を圧迫することを通して、全体の需要を圧縮させ、デフレを促進するのです。

同様に、「法人税減税」もまた、デフレを緩和するというよりもむしろ、デフレを促進する可能性が濃厚です。

もちろん、これもまた減税なのですから需要を増やす可能性もあることはあるのですが、デフレ下では、残念ながら、そういう効果はほとんど望めず、かえって需要を縮小させる傾向が考えられます。

なぜなら、デフレ下では、法人は大量の内部留保金をため込んでしまうからです。

デフレに突入する以前、企業は多くの「負債」を抱えていました。

これは、なにもオカシナ話ではなく、民間企業としては当たり前の姿です。

資本主義では企業というものは融資を受けて、つまり借金をして投資を行い、事業を推進していくものだからです。

しかしデフレ下の今、民間企業はその当たり前の行動を行わなくなりました。

先行き不安のため、多くの企業が融資を受けることを止め、逆に、金融資産をため込むようになってしまったからです。

それと同時に、先に述べたように、貨幣価値が上昇するデフレ下では、「今」オカネを使う傾向が減るからでもあります。

その結果、戦後一貫して、90年代のデフレに突入するまで、民間企業は合計で、おおよそGDPの10%程度の「借金」をしていたのですが、デフレに突入してから、その真逆に、GDPの10%程度の資金余剰、つまりいわゆる「内部留保金」をため込むこととなったのです。

この内部留保こそが、デフレを過激に悪化させている、重要な原因のです。

なぜなら、デフレとは、オカネが市場を回っていかずにどこかに「塩漬け」になってしまうことで進行してしまうものなのですが、この内部留保は、「塩漬け」になったオカネを意味しているからです。

さて、こんな状況下で法人税減税をして、法人の収益が増えたとしても、その多くの部分が内部留保に回ってしまい、景気拡大には繋がらないのです。

ですから、こういう状況でデフレを緩和するには、この内部留保が世間に出回る(一般に、「還流」と言われます)方法を考えなければならないのです。

そのために必要なのは、法人税減税ではなく、「投資減税」です。

さらに言うなら、法人税は減税するよりもむしろ増税をして、得られた収益で、政府が投資をするほうが、まだデフレを緩和することが可能となるのです。

いずれにしても、新自由主義に対するコンプライアンスから導かれる所得税増税は言うにおよばず、法人税減税も、所得税の累進制の緩和も皆、デフレを悪化させる可能性が、極めて高い方針なのです。


出所:「コンプライアンスが日本を潰す」〜新自由主義との攻防〜 藤井 聡著 扶桑社新書 2012-06-01









貿易黒字信仰を捨て去れ


経常収支の黒字の拡大と経済成長とを同一視したり、経常収支の赤字を国の経済力の衰退と見なしたりするような考えをもっている人が、非常に多くいます。しかし、この考えも間違いなのです。

この誤解を払拭するためには、若干、話がややこしくなるのですが、マクロ経済学の知見を借りなければなりません。

須田美矢子編『対外不均衡の経済学』を参考にしつつ、できるだけ分かりやすく説明してみましょう。

マクロ経済学では、GDP(国内総生産)は、次のような式で表されます。

国内総生産
=消費+投資+政府支出+経常収支この式から、経常収支は次のような式で表されます。

経常収支=国内総生産-消費-投資-政府支出=貯蓄(国内総生産-消費)-投資-政府支出

ここでは便宜上、政府支出を無視して考えると、
経常収支とは、結局のところ「貯蓄-投資」と同じことになります。

ですから「経常収支の黒字」とは一国の貯蓄が投資よりも多いことであり、逆に「経常収支の赤字」とは一国の貯蓄より投資の方が多いということです。

アメリカの経常収支が赤字ということは、アメリ力人が全体として消費ばかりしているために、貯蓄が投資よりも少なくなっているということです。

反対に、日本の経常収支が黒字ということは、日本人が全体として貯蓄ばかりして投資をあまりしていないということを意味しています。

経常収支赤字は
「貯蓄<投資」、経常収支黒字は「貯蓄>投資」を意味するに過ぎないのです。

このため、経常収支の黒字が国民経済にとってよいことか否かは、一概には言えません。

貯蓄と投資の適正な水準をはかるのは、経済成長率、失業率、物価水準によってです。

経済が成長し、失業率が低く、物価が安定していれば、貯蓄と投資のバランスは適正だということになります。

しかし、経常収支は、貯蓄と投資のバランスの結果に過ぎないので、経済成長という観点から見て、経常収支それ自体に適正な水準というものはありません。

先ほどの国内総生産の式からも明らかなように、経常収支が赤字であっても、国内の消費や投資が増加すれば、経済は成長するのであって、経済成長のためには経常収支黒字がつねに必要というわけではありません。

それどころか、経済成長は内需の拡大をもたらし、輸入を増やすので、経済成長が経常収支を赤字化するということもあり得ます。

反対に、国内の消費や投資が伸び悩み、貯蓄過剰になったために、経常収支が黒字になっているのであれば、経済は低迷します。

実際、日本は、バプル崩壊後の長期不況にあっても、経常収支は黒字であり続けました。

このように、経常収支の黒字がよいことだとは、一概には言えないのです。

また、一国レベルの経常収支の赤字が持続するということもあり得ます。

経常収支赤字とは投資に対する貯蓄の不足を意味しますが、世界の資本移動が自由であれば、貯蓄不足の国には資本が流入し、投資をファイナンスするからです。

マクロ経済学では、世界の資本移動が自由である場合には、このように世界経済全体で貯蓄と投資がバランスするように、実質金利が決まるために、一国レベルで経常収支の赤字が続いても、別に問題はないという考え方をするのです。

しかし、経常収支の赤字が持続することには、別の深刻な問題があります。

対外債務とバブルの問題日本を代表する経済学者の一人である須田美矢子氏は、『対外不均衡の経済学』において、世界経済全体の貯蓄と投資は市場メカニズムによってバランスするので、一国レベルでは経常収支の赤字が持続することもあり得ることを説明した上で、次のような留保を付しています。

要約すれば、次のとおりです。

経常収支の大幅な赤字が続き、対外債務に対する返済可能性についての不安が醸成される場合には、仮に市場メカニズムによる調整が働いたとしても、その調整にはドラスティックなコストを伴うであろう。

したがって、政府は、対外債務に対する返済可能性の不安が生じないように、経常収支を適度にバランスさせる方が望ましい。

つまり、経常収支赤字で貯蓄不足の国には、海外から資金が流入しますが、例えば、もしその貯蓄不足が実体を伴わないバブルによるものだった場合には、そのバブルがはじけたとたん、海外から流入してきた資金は、今度は一斉に海外へと流出するので、不況はより深刻化するということです。

このことは、今日、非常に重要な意味をもっているように私は思います。

なぜなら、経常収支の赤字が持続しているのであれば、民間の対外債務の返済可能性は、その国の投資回収可能性の高さ(つまり好景気)にのみ依存することになるからです。

つまり、経常収支赤字国は不足する貯蓄を補うために資本流入を必要としますが、資本流入を促すためには、返済可能性(つまり将来の成長可能性)に対する高い期待がなければなりません。

このため経常収支赤字国は自国経済の将来性を一主懸命海外投資家にアピールします。

その結果、経常収支赤字国(対外債務国)では、過剰な期待がふくらみやすく、バブルが起きやすい環境が醸成されることになります。

しかし、もし対外債務国で景気の先行きに対する不安が高まれば、海外から流入していた資本は一斉に流出し、須田氏の言うドラスティックな調整コストを発生させるでしょう。

1997〜1998年のアジア通貨危機や2008年のリーマン・ショックは、その実例です。

もちろん、海外資本だけではなく、国内資本によるファイナンスでも、バブルが発生する可能性はあります。

しかし、海外資本の流入によるバブルの場合は、為替リスクを負っているため、事態は国内のみで起きたバブルより悪化することに注意しなければなりません。

すなわち、バブル崩壊による海外資本の引き上げは、通貨の暴落を引き起こしますが、通貨が暴落すると返済すべき対外債務の額はふくらんでしまい、大変なことになるのです。

他方、国内資本によるファイナンスであれば、通貨暴落のリスクからは自由です。

これが、アジア通貨危機やリーマン・ショックの背景にある「グローバル・インバランス」の問題なのです。

グローバル・インバランス問題は、「世界経済全体の貯蓄と投資の水準は市場メカニズムを通じてバランスするのであり、一国の経常収支赤字が持続しても問題はない」とする従来のマクロ経済学が見落としていた、あるいは過小評価していたグローバル経済の新たな問題であると言えるでしょう。

経常収支の大幅な赤字を続けることは、国内の貯蓄不足を海外資本の流入によって補い続けなければならないため、バブルが発生しやすくなり、またバブル崩壊後の調整コストが大きくなります。

これを防ぐためには、政府は経常収支を適度な水準に均衡させておかなければなりません。

アメリカが対外不均衡を是正しようとしているのは、そのためです。


日本は経常収支黒字を減らせ

アメリカが経常収支の赤字を減らすということは、その裏面として、経常収支黒字国はその黒字を減らさなければならないということになります。

例えば、日本がそうです。経常収支黒字国がその黒字を減らすべく、内需を拡大しなければならないというのは、リーマン・ショックのような世界的金融危機が起きてしまった以上、アメリ力のみならず、世界経済の再建のためにも必要なのです。

ところが、日本では「今でこそ経常収支が黒字で、貯蓄超過かもしれない。しかし、少子高齢化が進んでいるために、貯蓄率が低下しつつある。

将来、これがもっと進めば、貯蓄は減少し、経常収支は赤字化する」と主張し、内需の拡大に否定的な論者がいます。

では、少子高齢化によって日本の貯蓄が減少しているのかどうか、データで確認してみましょう。

図5を見ると、2001年から2007年にかけて、確かに家計部門の貯蓄は急激に減少しています。

しかし、これは少子高齢化よりはむしろ、超低金利政策による影響が大きいのではないでしょうか。

金利が低ければ、銀行に預金する魅力が低下するので、家計部門の貯蓄率は当然低下します。

近年の家計部門の貯蓄率の低下を少子高齢化だけのせいにする説明には、無理があります。

より重要なことは、確かに家計部門の貯蓄は減少し、政府の貯蓄も減少していますが、企業部門の貯蓄(すなわち内部留保)はむしろ増加しており、結果として、経常収支黒字・貯蓄超過は拡大しているということです。

企業部門の貯蓄が大きく増えているのは、デフレで資金需要が乏しい中で、金融緩和により資金が過剰に供給されているからです。

デフレのせいで、資金は企業に潤沢に供給されているが、使い道がないという状態にあるので、企業は仕方なく資金をため込んでいるということです。

言いかえれば、日本では、デフレ不況による資金需要の不足で、企業が貯蓄を増やしているがために、貯蓄過剰・投資不足になり、それで経常収支が黒字化し、結果として、グローバル・インバランスの構造に一役かっているということです。

日本のデフレ不況と、グローバル・インバランスの帰結であるリーマン・ショックとは、無関係ではないのです。

日本がいつまでもデフレから脱出できないでいることが、めぐりめぐって、世界的金融危機を引き起こす火種のひとつとなったと言っても、あながち誇張とは言えません。

ですから、日本の景気回復のためであるのはもちろん、世界経済の再建のためにも、日本は、一刻も早くデフレを脱却しなければなりません。

ところが、このデフレと貿易自由化とは無関係ではないのです。

そのことを説明する前に、そもそも、デフレとは何であり、そしてデフレの何が問題なのかを押さえておきましょう。


デフレのメカニズムとその問題点

デフレーション(デフレ)とは、継続的な物価の下落のことです。

デフレは、需要が不足し、供給が過剰になる状態が続くことによって起こります。

インフレーション(インフレ)はデフレとは反対に、物価が継続的に上昇することです。

インフレの原因は、需要が過剰で、供給が不足する状態が持続することです。

デフレとは、物の値段が安くなることなので、消費者にとっては、一見、よいことであるかのように見えます。

しかし、実際には、デフレとは、恐ろしい経済の病気なのです。

なぜなら、デフレは、経済を動かしている原動力である投資を抑制するからです。

デフレは、次のようにして投資を抑制します。

まず、デフレすなわち物価の下落とは、同じお金で多くの物が買えるようになることですから、お金の価値が上昇することを意味します。

ですから、今、支出するよりも、しばらくの間、現金を保有していた方が、将来においてより得になります。

また、今、借金をすると、将来、返済するときに負担がより重くなります。

このため、企業は借金をして将来のために支出するよりも、今は支出を控えて、むしろ負債を減らそうとします。

企業は、一般的に銀行からお金を借りて投資を行います。

ところがデフレになると、企業は「今、銀行からお金を借りて投資をすることは得策ではない」と考えるようになります。

その結果、投資は減退します。

投資の減退は需要を縮小させるので、物価はさらに下落していきます。

こうして発生した悪循環が、持続的な物価下落すなわちデフレです。

ここで注意すべきは、デフレが、経済合理的な行動の結果として起きているということです。

デフレでお金の価値が上昇している間は、負債を減らし、投資を抑制するという行動は、企業経営上の合理的な判断です。

そのため、これを覆して企業に投資を増やさせ、経済を成長させるためには、企業に無理に非合理的な経営判断をさせるのでなければ、貨幣価値の下落(インフレ)を起こさなければなりません。

ビジネス雑誌などを読んでいると、「企業が単純なコスト削減や安値競争に終始し、リスクを負って新規事業や新商品の開拓に乗り出さないから、デフレから脱出できないのだ」といったような議論を見かけることがあります。

しかし、企業が新規市場の開拓に及び腰になっているのは、デフレの原因ではなく、その結果と見るべきでしょう。

デフレという異常なマクロ経済環境にあるときには、経営のやり方や気持ちのもち方をどうのこうの言っても、仕方がないのです。

元気が出れば何でもできるか

「自分が若いころと違って、最近の若者は内向きで元気がない。

外に打って出ようとしない」と言って嘆く声をよく耳にします。

そういう声は、年配の方に多いようです。

そういうお説教を聞くと、私は思わず、こう言い返したくなります。

「あなたが若くて、元気よく外に打って出ていたころは、デフレ不況ではなかったでしょう。

むしろ、バブル真っ盛りだったんじゃないですか。

バブル景気だったら、誰だって元気よく外に打って出られますよ」。

そういえば、「最近の若者の自動車離れ」といった話もよく聞きますが、投資だけではなく、消費の減退もデフレとは無関係ではありません。

例えば住宅や自動車など、ローンを組む大型の消費があります。

デフレでお金の価値が上がっている間は、ローンによる消費支出は手控えざるを得ないでしょう。

特に、消費者がローンを組んで消費をする習慣のあるアメリカでは、デフレは深刻な消費減退を引き起こすことになる恐れが非常に高いと思われます。

また、投資の減退によって経済が低迷し、賃金が伸び悩んだり、失業者が増えたりすれば、消費需要も後退していくでしょう。

デフレになって投資や消費を手控えるようになるのは、企業や消費者の経済合理的な判断によるものです。

このため、いったんデフレの悪循環が発生し始めると、もはや民間の努力だけでは、この悪循環から脱出することはできなくなります。

そこで、政府の景気対策が不可欠になります。

政府の景気対策のひとつに金融緩和政策があります。これは、企業の資金調達が楽になるように、お金をたくさん供給する政策です。

しかし、デフレになると、金融緩和政策だけでは、不況を克服できなくなります。

なぜなら、デフレ下では、企業も消費者も銀行からお金を借りなくなります。

そうなると、いくら中央銀行が貨幣を供給しても、資金需要がないので、貨幣は銀行や企業の中に貯蓄されるだけです。

先ほどの図5で、2001年から2007年にかけて企業部門の貯蓄が増えていることを示しました。

これは、デフレのせいです。

デフレから脱出するためには、お金をばらまくだけではダメです。

あくまでお金を使う需要を創造しなければなりません。

しかし、デフレの中での投資の抑制は、企業の経済合理的な判断の結果ですから、もはや民間だけの力では、需要を創造することはできません。

そこで、
政府が巨大な需要を創造する必要があります。

これが
公共投資です。

1929年、ニューヨーク株式市場の暴落をきっかけに深刻なデフレが発生しました。

世界恐慌です。

このとき、アメリカのルーズベルト大統領は、ニューディール政策によって巨額の公共投資を行い、デフレを四年で食い止めました。

その後、1998年に日本がデフレに陥るまで、世界でデフレを経験した国はありませんでした。

それは、デフレが、深刻な経済の病気であり、経済運営上、絶対に避けなければならない現象のひとつだからです。

ところが日本は、もう10年以上もの間、デフレから脱出できないでいるのです。

戦後、どの国の政府も、バブルがはじけてデフレが起きそうになると、金融緩和と同時に財政出動を行い、デフレを未然に防いできました。

このデフレと財政出動の問題については、第4章で、もう一度くわしく論じます。

いずれにしても、デフレこそが、日本経済の長期停滞の最大の原因なのです。

日本人が、内向きで元気がないから、停滞しているのではありません。そんな単純な精神論の問題ではないのです。

日本人がいくら外を向いて元気を出しても、デフレから脱却することはできません。

元気が出れば何でもできるのは、私の知る限り、アントニオ猪木だけです。


貿易自由化はデフレを悪化させる

さて、日本経済が患っている深刻な病気であるデフレですが、貿易自由化は、恐ろしいことに、このデフレという病状を悪化させてしまうのです。

自由貿易のメリットのひとつは、国内外の競争の激化によって、あるいは安価な製品の翰入によって、製品が安くなり、消費者が恩恵をこうむるという点にあります。

これについては、異論はないと思われます。

しかし、デフレに悩んでいる経済においては、安価な製品の輸入は望ましいものではありません。

それどころか、デフレを促進してしまうのです。

TPPによる貿易自由化により、日本の農業が被害をこうむるのではないかと懸念されています。

しかし、アメリカからの安価な農産物の流入によって、打撃をこうむるのは農家だけではありません。

食料品の物価が下落することによってデフレが進み、経済全体が打撃をこうむるのです。

貿易自由化によるデフレの促進は、次のような経路で起こります。

まず、安い製品が輸入されると、競合する国産品が淘汰され、国内雇用が失われます。

例えば、国産米や国産牛が安価なアメリカ産米やアメリカ産牛との競争で駆逐され、コメ農家や畜産農家の多くが失業します。

さらに、例えば牛丼がより安価になれば、牛丼と競合する他の外食産業は人件費のカットで対抗するため、雇用を削減せざるを得なくなります。

農家や食品関違産業で失業者が増えれば、労働市場全体が供給過剰になりますから、実質賃金が一段と下がってしまいます。

こうして、デ7レが悪化するのです。このメカニズムは、次のようにも言いかえられます。

デフレとは、需要不足が続くことですので、これを止めるには需要を追加するか、供給を削減する必要があります。

ですが貿易自由化により、国産品が輸入品に代替されると、需要側では、国産品関連の雇用が奪われ、内需が縮小します。

他方、供給側を見ると、貿易自由化による競争の激化で生産性が上昇し供給が増加します。

こうして貿易自由化は、需要不足と供給過剰を深刻化し、デフレを悪化させることになります。

農産品の輸入の自由化は、農家だけの問題ではありません。

デフレに陥っている日本経済全体の問題なのです。


農産品輸入自由化がもたらす4重のデフレ効果

しかも、リーマン・ショック後の世界大不況において、アメリカからの農産品の輸入自由化がデフレを引き起こすメカニズムは、少なくとも4つ考えられます。

第1に、関税の撤廃による価格の低下です。

第2に、安価に生産されるアメリカの農産品の輸入による価格の低下です。

第3に、ドル安でさらに安くなったアメリカの農産品の輸入による価格の低下です。

第4に、深刻な不況に突入して賃金が上がらなくなり、相対的に安上がりになったアメリカの製品を輸入することによる価格の低下です。

これは、言わばアメリカからデフレを輸入するような意味をもちます。

この4つの効果が相乗するので、アメリカの農産品は極端に安価になって日本市場になだれ込み、デフレを深刻化させることになるのです。

貿易自由化は、自国がデフレ不況にあるときには、やってはいけないのです。

まして、貿易相手国もデフレ不況になる、あるいはその恐れがあるようなときには、なおさら、やってはいけません。


農業構造改革はデフレを悪化させるだけ

「アメリカの農産物は価格こそ安いかもしれないが、日本の農産物は品質や安全性の面で優れている。

だから、国産の農産物の値段が多少高くても、買ってくれる消費者はいるのではないか」たまに、このような意見を聞くことがあります。

確かに、国産の農産物には、その付加価値の高さによって、アメリカ産との差別化を図っているものがあります。

しかし、デフレが深刻化して、国民所得が低下していけば、高付加価値の国産農産物の需要は確実に縮小します。

デフレにある経済では、付加価値の高さでは生き残れないのです。

また、TPP賛成派の論者の中には、「日本の農業は、構造改革によって体質を強化し、農産品の輸入が自由化されても生き残れるように生産性を向上すべきだ」と主張する人が少なくありません。

確かに、日本の農業には解決すべき構造的な課題が数多くあるようです。

こうした論者の提案する改革案には、傾聴に値するものも少なくないでしょう。

しかし、世界不況にある中では、アメリカの農産品は、先ほどの4重の効果によって、極端に安くなっています。

それでも、構造改革によって日本の農業が生き残れるという見込みは、本当にあるのでしょうか。

そんなすごい構造改革を思いつくような天才的な頭脳があるのならば、欧米の関税があっても韓国に勝てる製造業を作るのに使った方が、よほど簡単なのではないでしょうか。

仮に、そんなすごい農業構造改革が、本当に成功したとしましょう。

それならば、確かに日本の農業は、TPPに参加しても生き残ることができるかもしれません。

しかし、日本の農業は守れても、安価な農作物の輸入によるデフレ効果を防ぐことはできません。

それどころか、日本の農業が、構造改革によって生産性を向上させ、安い農作物を出荷できるようになったら、それだけでも、食料価格が下がり、デフレが進んでしまいます。

そもそも、構造改革とは、デフレを促進する政策なのです。

構造改革とは、規制緩和、自由化、民営化、緊縮財政などによって市場への新規参入者を増やし、自由競争を促して、産業の生産性を向上させようという政策です。

こうした政策は、1970年代終わりから1980年代にかけて、アメリカのレーガン大統領やイギリスのサッチャー首相が推進しました。

いわゆる新自由主義という理念に基づく政策です。

1990年代以降の日本の構造改革も、こうした理念を踏襲したものです。

しかし、レーガン大統領やサッチャー首相が、当時、直面していた問題はデフレではありませんでした。

その反対のインフレだったのです。

当時の英米は、物価の上昇に苦しんでいました。そこで、両国政府は、規制緩和や自由化によって市場の競争を促進し、企業の生産性を向上させることによって、物価を下落させようとしたのです。

つまり、インフレを退治するために、政策的にデフレを引き起こそうとしたのです。

これが、レーガン大統領やサッチャー首相の新自由主義の基本理念でした。

ところが、日本は1990年代、バブル崩壊後の不況で、デフレを心配しなければならない状況にあったにもかかわらず、新自由主義的な構造改革を断行しました。

その結果、今日に至るまで10年以上もデフレから脱却できないという事態に陥ってしまいました。

デフレになりそうなときに、デフレ政策を実施したのだから当然です。

戦後の経済運営の歴史上、こんな初歩的なミスを犯した国はほかにありませんでした。

だから、戦後、日本以外にデフレを経験した国がなかったのです。

構造改革は、生産性の向上を目指すものです。

しかし、生産性の向上は、いつも良いことであるとは限りません。

生産性の向上は物価の下落をもたらすので、インフレのときはよいのですが、デフレのときには、かえって景気を悪化させるのです。

デフレのときは、溝造改革はご法度です。


出所:「TPP亡国論」 中野 剛著 集英社新書 2011-12-19





速水総裁のデフレ原因「不良債権説」

日銀理論によるデフレの原因は、次々に変わってきた。

まず、新日銀法施行後、最初に日銀総裁に就任した速水優氏のデフレ原因説を紹介しよう。

速水日銀総裁は次のように述べている。

「このように日本銀行は、本年入り後、世界的な経済情勢の悪化や米国におけるテロ事件の発生といった困難な局面の中で、機動的かつ弾力的な金融政策運営に、全力を挙げて努めてまいりました。

仮に、『日本銀行は物価の下落を放置している』といった見方があるとすれば、それは全くの誤解です。

この点は、是非ともご理解いただきたいと思います。

しかし、日本銀行が金融市場に対し、資金を文字通りジャブジャブに供給しても、そうした金融緩和の効果が、金融機関行動や実体経済活動になかなか伝わっていかない状況が続いています。

このような状況のもとでは、物価の下落傾向を金融緩和だけで食い止めていくことは、難しいといわざるを得ません。

金融緩和の効果が十分に発揮され、日本経済が安定砂かつ持続的な成長軌道に復帰するためには、現在のきわめて緩和的な金融環境を活用するような前向きの経済活動を促し、民間需要を喚起することが不可欠です。

そのためには、不良債権の処理により金融システムの機能を、回復させることや、税制面での措置などを通じて資本市場の機能を高めていくこと、さらには、民間需要を効果的に引き出していく方向で財政支出の内容を見直していくことなどが重要です。

とりわけ、不良債権問題、裏からみれば企業の過剰債務の問題が解決しない状況のもとでは、日本銀行による思いきった金融緩和も、効果を発揮しにくくなります。

日本銀行は、物価の継続的な下落を防止するとともに、不良債権処理に伴う問題への対応も含め、日本経済の安定的かつ持続的な成長の基盤を整備するため、今後とも、中央銀行としてなし得る最大限の努力を続けていく決意です。

同時に、金融システム面や経済・産業面での構造改革への取り組みがたゆまず進められていくごとを、強く期待しております」(「通貨及び金融の調節に関する報告書」概要説明。衆議院財務金融委員会の速水日本銀行総裁国会報告、01年9月21日)。

このように、速水総裁によるデフレの基本的な原因は、当時、大量に存在していた銀行の不良債権である。

銀行が大量の不良債権を抱えている限り、日銀がどんなに資金を銀行に供給しても、銀行の貸し出しは伸びない。

したがって、物価の下落を止めることはできない、というのである。

このデフレ原因「不良債権説」は速水総裁独自の説ではない。


当時、マス・メディアも多くの民間エコノミストや経済学者も唱えたデフレ原因説である。

小泉純一郎首相(当時)が銀行の不良債権処理を最優先課題として取り組んだのも、銀行の信用仲介機能麻庫を治療することによって、デフレから脱却し、日本経済を再生するためであった。

不良債権がなくなっても、デフレは続いた

そこで、デフレ原因「不良債権説」が実証的に支持されるかどうかを調べてみよう。

02年3月期の主要行の不良債権は26兆8000億円で、不良債権比率(総与信高に占める不良債権の割合)は8・4%であったが、07年9月期には、3兆9900億円へと85%も減少し、不良債権比率も1.5%に低下した。

主要行に地域銀行などを加えた全国銀行についても、不良債権は02年3月期の約43兆2000億円(不良債権比率は8・4%)から、07年9月期には、約11兆9000億円へと72%も減少した(不良債権比率は2-5%に低下)。

それでは、この不良債権の大幅な減少によって、デフレは終了したであろうか。

全国銀行の不良債権比率が4%以上であった1999年3月〜2005年3月まで、コア・インフレ率(原油価格の影響を取り除くためコア・インフレを採用する)の平均はマイナス0・54%であった。

ところが、不良債権が大幅に減少して、その比率が3・5%以下に低下した05年9月〜12年2月までの平均は、マイナスO・58%で、デフレ率はわずかであるが、むしろ上昇したのである。このように、不良債権は大きく減少したが、デフレはまったく治癒するどころか、悪化したのである。

2000年代初めに、デフレ原因「不良債権説」をしきりに唱えていた日銀関係者や新聞・雑誌の記者や民間エコノミスト、さらに、著名な経済学者たちは、いま、何を考えているのであろうか、多少は反省しているのであろうか。


福井総裁のデフレ原因「構造改革の遅れ説」

新日銀法施行後の2代目の日銀総裁である福井俊彦氏は、次のように述べている。

「日本経済は、80年代後半から生じたグローバル化、情報通信革命、少子高齢化などの大きな潮流変化に対して、新たな経済の仕組みを構築すべく苦闘を続けています。

様々な制約のもとで、これは決して容易なことではありませんが、日本企業の持つ高い技術力や知識創造力を活かしていけば、必ずや実を結ぶものと信じております。

日本銀行といたしましては、こうした民間の努力も踏まえながら、デフレの克服と持続的な成長軌道への復帰に向けて、今後とも全力を挙げて取り組んで参る所存です」(「通貨及び金融の調節に関する報告書」概要説明。衆議院財務金融委員会における福井日本銀行総裁報告、03年7月16日)。

福井総裁は小泉首相と「デフレ脱却」を約束して日銀総裁になったこともあって、速水総裁のように、ストレートには、「デフレの原因は日銀の金融政策以外にある」と言ってはいない。

しかし、福井総裁の講演や総裁記者会見におけるキーワードは、「グローバル化」「情報通信革命」「少子高齢化」「経済の成熟化」「エマージング諸国の急速な台頭」など、日本経済と日本経済を取り囲む経済環境あるいは経済構造の変化に対する日本企業と政府の対応の遅れであり、福井総裁の本音は「デフレの原因は構造改革の遅れ」というデフレ原因「構造改革の遅れ説」である。

その証拠に、総裁記者会見(03年10月31日)で記者に、「デフレの関係だが、今回示された大勢見通しがそのまま実現すると、CPIコアの来年度の前年比もマイナスということになる。

(中略)これが実現すると物価は7年連続での下落ということになると思うが、その点について総裁はどのようにお考えか」と質問されて、「やはり民間部門を中心に、克服すべき構造的課題が非常に多いのだと思う。

構造的課題と言っても、必ずしも後ろ向きのものばかりではないわけで、これからの時代に向かって新しい付加価値創造の能力をしっかり身に付けていく、という前向きの面での構造的課題というものも、引き続き非常に大きいということだと思う」と、思わず「本音」を述べている。

このデフレ原因「構造改革の遅れ説」は、速水総裁をはじめ多くの日銀関係者によっても共有されてきた説で、現在でも、日銀関係者の中では、有力なデフレ原因説である。


たとえば、日銀は2000年8月に「デフレ懸念は払拭された」としてゼロ金利を解除するが、その年の後半から景気の悪化がはっきりしてきたため、01年3月19日には「ゼロ金利+日銀当座預金の増額」という量的緩和政策に踏み切る。

速水総裁はこの量的緩和政策を説明した国会報告で、「今回、景気が再び足踏み状態となっているのは、先ほど申し述べた通り、短期的には、アメリカを中心とする海外経済の予想以上の急激な減速が主因とみられます。

しかし、より根本的な間題は、さまざまな構造的課題が、依然未解決のまま残っているということにあると考えられます。

もとより、構造改革は痛みを伴うプロセスでありますが、こうした痛みを乗り越えて改革を進めない限り、日本経済の持続的な成長を確保していくことは、期待し難いように思います。

日本銀行としては、今後とも適切な金融政策運営に努めていく所存でありますが、同時に、構造改革に向けた各方面における抜本的な取り組みが、速やかに進展することを、強く期待しております」(「通貨及び金融の調節に関する報告書」概要説明。01年3月30日、衆議院財務金融委員会における速水日本銀行総裁報告)と述べている。

01年当時日銀副総裁だった山口泰氏も、量的緩和政策は「構造改革がもっと本格的に進展するならば」、その効果もそれによって強まる。

逆に、構造政策の支援なしに金融政策だけをもって経済情勢に対応し続けることは難しい」(01年7月5日の記者会見。日本銀行ホームページ)と述べている。


白川総裁のデフレ原因「成長期待消失説」

新日銀法施行後の3代目の日銀総裁である白川方明氏は、デフレの原因は「成長期待の消失」である、という。

このデフレ原因「成長期待消失説」は白川総裁率いる日銀の政策委員会の委員全員によって共有されている。

白川総裁はデフレの原因について次のように述べている。

「『1930年代のデフレなど、よく引き合いに出されるデフレの事例に比べれば緩やかなものだとはいえ、なぜ、日本のデフレは長期に亘って続いているのか』という第2の質問について考えてみます。

物価が下落する直接の原因は、マクロ的な需給バランスの悪化です。

(中略)90年代末以降における緩やかながらも長期に亘るデフレ」の「根源的な原因は、日本経済の成長力の趨勢的な低下傾向にあると判断しています。

成長率が長期に亘って低下する状況の下では、人々の所得増加期待は低下し、企業や家計の支出活動が抑制されてしまうため、物価下落圧力が続きます」(『日本経済の復活に向けて-日本外国特派員協会における講演』H年2月7日)。

それでは、なぜ、日本の趨勢的な成長率は低下したのか。

白川総裁によれば、次のようになる。

「経済成長率の長期的な基調は、就業者数と就業者1人当たりのGDPの伸び率、すなわち、生産性の伸び率という2つの要素に規定されます。

このうち、90年代については、生産性の伸び率の低下が、成長率低下の主な要因でした」が、「2000年代に入ると、バブル崩壊の影響が次第に小さくなったこともあり、生産性の伸び率低下には歯止めがかかっています。

今でも日本の生産性上昇率は、先進国の中では上位グループに属しています。

しかし、今度は他国に例をみないような急速な高齢化の進行が、成長率にも次第に大きな影響を及ぼすようになってきました。

すなわち、生産活動の主な担い手であると同時に、消費や納税といった面でも中核を担う年齢層である生産年齢人口は、95年頃をピークに減少し始め、2000年代入り後、減少ペースが加速しています。

こうした状況は、労働力人口の伸びを低め、供給面から経済成長の重石となります。

需要面からみても、高齢化の進行は成長率に影響します。

中核的な消費年齢人口の減少は国内市場の縮小要因として作用します」(前掲白川総裁講演)。

以上の白川総裁のデフレ原因説を要約すると、次のようになる。

経済成長率の長期的な基調は、就業者数と就業者1人当たりのGDPの伸び率、すなわち、生産性の伸び率という二つの要素に規定されるが、2000年以降は、生産性の伸び率の低下ではなく、生産年齢人ロが減少し始めたため、就業者数が減少し、それが供給と需要の面から成長率を引き下げる要因となっている。

趨勢的な成長率の低下が続いた結果、人々の成長期待とそれに伴う所得増加期待とがともに消失した。

そのためデフレになった、ということである。

つまり、「日本の経験している緩やかなデフレという現象は、趨勢的な成長力低下という根源的な問題の表れ」(前掲白川講演)である。

病気にたとえれば、趨勢的な成長力の低下が病気の根源的原因で、デフレは病気の症状である。

したがって、病気の症状(デフレ)をいくら緩和する治療(つまり、金融緩和)しても、病気の根源的原因を除去する治療をしなければ、病状(デフレ)も治らない、ということである。

デフレ脱却のための日銀の役割は補助的なもの

日本のデフレが生産年齢人口の減少を原因とする趨勢的な成長力の低下であれば、一体、金融政策という手段しか持たない日銀はどうやってデフレから脱却しようとしているのか。

金融政策によって出生率を引き上げ、生産年齢人口を増やそうとでもいうのであろうか。

まさかそうではあるまい。

もう少し、白川総裁の話を聞いてみよう。

これまで引用してきた講演で、白川総裁は、日本経済の成長力を引き上げるための重要な取り組みとして、次の3点を挙げている。


第1は、生産年齢人口の減少を補うために、労働参加率の引き上げ、とりわけ高齢者や国際的に見て低い水準にとどまっている女性の労働参加率がもっと上昇するような環境を作ることである。

第2は、経済全体の生産性の伸び率を高めることである。

生産性を高めるためには、企業が、常に消費者の潜在的なニーズを掘り起こし、新たな付加価値を創造していく取り組みが必要である。

経済全体の生産性向上という点では、企業単位の努力だけでは十分ではなく、経済全体の新陳代謝を高めること、すなわち、資本や労働といった生産要素がニーズの低下した分野から高まっている分野に円滑に移動することを妨げないようにすることがきわめて重要である。

さらに、成長著しい海外市場の需要を積極的に取り込んでいく努力も重要であるが、そのためには、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)交渉を加速して、開かれた貿易体制を整備していくことも必要である。

規制緩和、税制改革、市場開放をはじめ、政府の果たすべき役割は大きい。

第3は、財政バランスの改善に向けた取り組みである。

財政状況の悪化は、現役世代を中心に将来の所得増加期待を低下させ、支出を抑制する要因になる。

財政の維持可能性に対する信認が低下すると、財政と金融システム、実体経済の三者の間で負の相乗作用が生じ、経済活動にも悪影響が及ぶ。


白川総裁は講演の時間の大半を使って、以上の趣旨を説明した後で、日本銀行の対応については、「最後に、日本経済をデフレから脱却させ、物価安定のもとでの持続的成長経路に復帰させるための日本銀行の政策対応について、ごく簡単に説明します」(前掲白川講演)というのである。

「デフレの日銀理論」を信じ込む企業、政府とマス・メディア白川総裁の言いたいことをまとめると次のようになる。

すなわち、デフレを脱却するためには、成長率を引き上げることが不可欠であるが、成長率を引き上げる責任は、女性が働きやすい環境を作るという点から見ても、生産性の上昇に取り組むという点から見ても、企業と政府にある。

日本銀行の役割は、せいぜい、成長率を引き上げることによってデフレを脱却する責任を負った企業と政府のお手伝いをする、という補助的なものである。

デフレ脱却の主たる責任が企業と政府にある限り、日本銀行の役割はマイナーであるから、「最後に」「ごく簡単に説明」すればよいわけである。

デフレ脱却の責任は、企業と政府にあるとして、企業と政府に向かって、「まだまだ、努力が足りない。ああせよ、こうせよ」となすべきことを数々挙げ、自分自身の責任は棚に上げて、日銀の役割については、「最後に、ごく簡単に説明する」と言って、聴衆が聞こうとしている金融政策の話はほとんどしない。

そんな中央銀行総裁講演なるものが、果たして、存在してよいものであろうか。

さらに、日銀総裁から、「日本で、長期にわたってデフレが続くのは、企業と政府が成長率を引き上げる努力を怠ってきたからであり、日銀の金融政策はまったく関係がない」とまで言われて、反論もしない「おとなしい」日本の企業と政府とメディアとは、一体、何者なのであろうか。

日本の企業と政府とメディアは、白川総裁から「デフレが続くのは日銀のせいではなく、あなた方のせいなんですよ」と言われていることに気がつかないかのようである。

しかも、それどころか、日銀とメディアによって洗脳された国民の大半も、「日銀の言う通りだ」と考えている。

こうして、日銀の金融政策を批判する人はほとんどいなくなり、「金融政策の日銀理論」(次章で説明する)という世界標準からかけ離れた金融政策の理論に基づいて、14年もの間、日銀が金融政策を運営し続けることを可能にする状況が生まれたのである。

「デフレの日銀理論」には、金融政策以外のデフレの原因が山ほどある

以上で、新日銀法施行後の3代にわたる日銀出身の日銀総裁の「デフレ原因説」を説明した。


これらの原因説から分かるように、「デフレの日銀理論」では、デフレの原因は、「不良債権」「グローバル化」「情報通信革命」「グローバル化に対する企業経営の対応、規制緩和、税制改革及び市場開放などの構造改革の遅れ」「少子高齢化」「経済の成熟化」「エマージング諸国の急速な台頭」「生産年齢人口減少による成長率の低下とそれによる成長期待の喪失」「財政バランスの悪化」など、日銀の金融政策以外であれば、ありとあらゆるものが原因とされている。

「デフレの日銀理論」によれば、なぜか、世界中で日本だけが「グローバル化」「情報通信革命」「エマージング諸国の急速な台頭」などの経済環境の変化に企業も政府もうまく対応できずに、デフレになったのである。

日本以外の国は主要国だけでなく新興国や発展途上国でも、これらの環境の変化に企業はすばやくかつ適切に対応し、政府は規制緩和や税制改革や市場開放政策を機敏に進めたために、デフレの陥らなかったということになる。

出所:.日本銀行デフレの番人 岩田規久男著 日経プレミアムシリーズ 2012-06-08





「機能的財政」論

デフレは、需要不足の状態が慢性的に持続することで起きる。

それは、負のスパイラルであって、このスパイラルに巻き込まれると、民間の経済活動だけでは、デフレを克服することはできない。

物価の下落(貨幣価値の上昇)の中で、民間主体が投資や消費を行わないのは、経済合理的な判断の結果だからだ。

デフレを阻止するためには、強引に大規模な投資や消費を行い、需要と供給のギャップを埋めることができる主体が必要になるが、それは政府しかない。

政府の大規模な公共投資による需要創出が、デフレからの脱却と雇用の創出に不可欠なのである。

ただし、政府による大規模な公共投資は、しばしば政府債務の増大をもたらす。

もし、巨額の政府債務が積み上がり、それが国民へ将来の負担となってのしかかるのであるならば、大規模な財政出動は難しくなり、デフレを脱却することは困難になるであろう。

実際、経済自由主義者はそのように考え、積極財政を批判し、財政健全化を唱えている。

しかし、政府債務が国民の負担になるという健全財政論者の考えは、必ずしも正しくはない。

それを明らかにしたのが、ケインズの弟子にあたる
経済学者アバ・ラーナーの「機能的財政」論である。

ラーナーは、次のように述べている。

国債は、国内で消化される(自国民が購入する)「内国債」である場合には、その金利は、国民の負担とはならない。

なぜなら、国債の償還金の支払い先は、国民だからだ。

例えば、政府が、納税者たる自国民から徴収した税金によって債務を返済するとしても、その税金は国債保有者たる自国民に支払われる。

マネーが国民の間で移転しているだけであって、国の外には流出しないのである。

ラーナーは、これを
「右ポケットの小銭を左ポケットに移しているようなもの」とたとえている。

内国債の累積によって財政破綻を心配する健全財政論者は、空になった右ポケットだけを見て、小銭がなくなったと騒いでいるようなものだというのである。

ラーナーの機能的財政論については、最近、国際連合経済社会局(UN/DESA)を再評価し、採用している(UN/DESA:931)。

したがって、内国債の場合、政府が財政破綻する(国債の債務不履行に陥る)ことはあり得ない。

仮に将来の課税によって公的債務を返済しない場合ですらも、政府は借り換えを続けていけばよいのであって、全額返済して債務をなくす必要はないのである。

なぜなら、政府(国家)は、民間企業や個人とは異なり、永続してなくならないと想定されているからだ。

また、政府は、通貨を発行することで債権者に支払いをすることもできる。

政府が通貨発行権を有するということが、国債の返済能力を究極的に担保しているのである。

この点もまた、政府の債務と、私企業や私人の債務との性格の違いを決定づけている。

債務と債権とは、言うまでもなく対概念である。

債務があるということは、債権がある。

内国債の場合、政府の債務が増大したということは、裏を返せば、国民の債権が増大したということである。

したがって、政府の債務の増大をもって国富が減ったと考えるのも、反対に、国民の保有する債権の増大をもって国富が増えたと考えるのも間違っている。

真の国富とは、マネーそれ自体にではなく、その国の「住民の技術と勤勉さ、天然資源とこれらを結合させる設備にある」(Lerner1947:305)とラーナーは言う。

こうしたことから、
内国債の場合、政府の債務を、企業の負債や家計の借金と同じように考えるのは間違っている

ただし、国債の保有者が外国人である「外国債」の場合は、話が違う。

外国債は、国民から徴収された税が国債の償還金として海外に流れるので、内国債とは違ってマネーが国外に流出する。

その意味で、外国債の性格は、企業や個人の債務に近い。

外国債の増加は国民の債務負担の増大である。

特に外貨建ての外国債であれば、通貨を発行して海外の債権者に返済することができないので、国家財政が破綻に至るという可能性はある。

つまり、同じ政府債務であっても、国債の保有者が自国民か外国人かによって、あるいは自国通貨建てか外国通貨建てかによって、性格がまったく異なるのである。

内国債であれば、より積極的な財政支出が可能であり、政府の経済政策の自由度は高い。

他方、外国債の場合は、政府の財政政策が国際資本市場や債権国によって大きく制約されることとなる。

また、内国債であれば財政破綻のリスクからは自由であるが、外貨建ての外国債の場合はそうはいかない。

この内国債と外国債の違いをもたらしているものこそ、「国民」の概念にほかならない。

民問企業や個人の負債や(外貨建ての)外国債とは違って、財政破綻のリスクから自由であるという特権を内国債に与えているのは、国民なのだ。

もし国民経済という単位が観念できないのだとしたら、内国債と外国債とを区別する理由は確かに見出せなくなる。

経済自由主義者たちが、内国債と外国債の区別なく健全財政を好むのも、彼らの経済理論の中には「国民」という概念がなく、「個人」しかないことと無縁ではないであろう。

ネイションをひとつの運命共同体としてとらえれば、内国債の債権.債務関係は、同じ人間が右ポケットの小銭を左ポケット移すことだと考えられる。

しかし、ネイションという観念がない者には、右ポケットと左ポケットは別人のものにみえるというわけだ。

財政は国家のためか、国民のためか政府債務が国内債である場合は、財政破綻はあり得ない。

それゆえ、健全財政論者のように、累積債務残高の大きさそれ自体を問題視することは無意味である。

国家の財政状態が適切であるか否かの判断は、債務の絶対額ではなく、国家財政が国民経済にどのような影響を及ぼし、どのように「機能」しているかを基準とすべきである。

これが、ラーナーの「機能的財政」論である。

健全財政論は、国家財政は、企業や家計と同じように、支出に当たっては、それに見合う財源が必要であると考える。

これに対して、
機能的財政論は、政府の財政活動(課税、国債発行、政府支出、資産売却など)を、あくまで民間のマネーの保有量の調整手段と考えるのである。

機能的財政論によれば、例えば増税は、政府支出の財源を捻出するためではなく、民間のマネーの保有量を減らすための手段なのである。

逆に、民間のマネーの保有量を増加させる必要がある場合には、政府は支出を拡大する。

その場合、財政破綻はあり得ないのだから、支出拡大に見合った財源の手当てを心配する必要などない。

機能的財政論は、財政を民間のマネーの保有量を調整する「機能」とみなすのである。

そして、この民間のマネーの保有量を調整する機能を操作して、物価の安定と完全雇用という政策目的の達成を目指す。

もし、財政の機能によって、物価の安定と完全雇用が達成できない場合には、金融政策によって調整する。

機能的財政論では、財政政策が主であり、金融政策が従なのである。

例えば、経済がデフレにある場合、企業は投資と負債を控えるため、貯蓄過剰、すなわち民間がマネーを過剰に保有している状態に陥る。

この状態を是正するためには、民間部門の貯蓄を減らし、政府が投資を拡大する必要がある。

この場合に求められる財政の機能は、国債を発行して民間部門に滞留するマネーを吸い上げ、公共投資として需要拡大に振り向け、国民経済の需給を調整して、物価の継続的な下落を食い止めることである。

逆に、経済がインフレによって悩んでいる場合には、民間部門に流通するマネーが過大であるということであるから、政府は、増税と政府支出の削減によって、民間部門のマネーの保有量を減らすという措置を講ずればよい。

つまり、財政が適切であるか否かは、政府の累積債務が大きいか小さいかではなく、デフレや過度なインフレに苦しんでいるか否か、失業率が高いか低いか、長期金利が高いか低いかなど、国民経済の状態を示す指標によって判断すべきだというのが、機能的財政論の基本的な考え方である。

例えば、現在の日本は、政府の累積債務が国内総生産の200%近くにまで達しているが、他方で長期にわたるデフレ不況と高い失業率に悩まされているといった状況にある。

こうした中で、健全財政論者は、累積債務の規模の大きさをもって政府支出の削減や増税を唱えるだろうし、現に唱えている。

これに対して、機能的財政論者は、デフレと高失業率の方を問題視して、財政出動がむしろ足りないと判断するだろう。

機能的財政論者の関心は、国家予算の数字の上での健全化にではなく、国民経済の健全化に向かっているのである。

なお、我が国の国債は、その9割以上が内国債となっている。

我が国では、機能的財政論が有効となる前提が満たされているのである。

これに対して、アメリカやドイツの内国債の比率は5割程度であり、財政破綻したギリシャは3割以下であった。

こうした国々では、機能的財政論は成立しない。

特にユーロ加盟国では、各国政府が通貨発行権をもたないので、機能的財政論は全く封印されてしまっているのである。


民営化されたケインズ主義

グローバル化はデフレ圧力を発生させ、資本家や企業には利益をもたらすかもしれないが、国民に不利益をもたらす。

しかし、2000年代のグローバル化は、もちろん、日本のみならず、世界的な現象であるにもかかわらず、デフレに陥ったのは日本だけであった。

なぜ欧米諸国は、デフレを経験しなかったのであろうか。

実は、その謎の中にこそ、2008年の世界金融危機の原因が潜んでいるのである。

2008年にアメリカ発の世界金融危機が起きたとき、多くの人々が、アメリカの家計が過剰に債務を負って消費を拡大していたことに驚いた。

しかし、そのような異常な経済こそ、グローバル化の帰結なのである。

グローバル化の圧力は、国内の貧富の格差を拡大し、実質賃金を抑制するのだが、それはアメリカにおいても例外ではなかった。

アメリカでは、2000年から07年にかけて、実質賃金の中間値は0.1%しか伸びず、世帯収入の中間値は年間0.3%減少した。

70年代後半、アメリカの富裕層の上位1%が有する富は、国民総所得の9%以下に過ぎなかったが、それが2007年までに国民総所得の23.5にまで膨れ上がるほどに、貧富の格差が著しく拡大したのである(サピール2009)。

グローバル化による賃金引き下げの圧力は、アメリカの内需を抑制し、デフレ不況を引き起こすはずだった。

アメリカの富裕層の上位1%がどれだけ浪費家であろうと、国富の4分の1を使い切って国全体の需要を牽引するほどの消費はできない。

需要は、国民が全体として消費をすることによって拡大するものであるから、貧富の格差が大きく、国民の一部のみが豊かになるような国では、需要は拡大せず、経済成長も不可能なのである。

したがって、貧富の格差が拡大すると、国民は生活水準を落とさざるを得なくなり、結果として、需要が不足してくるはずである。

ところが、アメリカの家計は、その生活水準を落とすことなく、旺盛な消費需要を生み出し続けたので、アメリカ経済の成長は持続した。

それは、アメリカの消費者が、賃金所得の減少分を借金によって補い、消費を続けたからである。

アメリカの世帯の債務の総額は、1998年にはGDPの63%、2007年には100%に上っている。

そして、このような家計の過剰債務を可能にしたものこそ、住宅バブルであった。

イギリスを代表する経済社会学者であるコリン・クラウチは、このような民間債務の膨張によって需要を刺激するようなやり方を
「民営化されたケインズ主義」と呼んでいる。

ケインズ主義による需要刺激策は、政府の債務を増やして公共投資を行うことで需要を喚起する。

これに対して、アメリカは、政府債務ではなく民間債務を増やすことで消費需要を刺激していた。

だから「ケインズ主義が民営化された」とクラウチは表現したのである(Crouch2008)。

アメリカは、民間債務の増加によって消費を刺激したので、需要不足には陥らなかった。

しかし、その民間債務の増加は、住宅価格が上昇し続けるという根拠のない期待に裏付けられていたに過ぎなかった。

民営化されたケインズ主義は持続不可能なのである。

2007年のサブプライム危機によって住宅バブルが崩壊し、アメリカの家計は借金によって消費水準を維持することができなくなった。

これは、すなわちアメリカがデフレの危機に直面しているということを意味している。

しかも、この住宅バブルの崩壊は、単にアメリカだけの問題ではなく、世界経済の危機を引き起こしたのである。

その理由のひとつに、周知の通り、アメリカの民間債務の膨張を促していたサブプライムローンなどの金融商品が、金融工学的な技術の発達により、ヨーロッパ中の金融機関にばら撒かれていたということがある。

言わば、「民営化されたケインズ主義」がグローバル化していたのだ。

このため、アメリカの住宅バブルが崩壊し、サブプライムローンなどの金融商品の間題が発覚すると、その問題がヨーロッパ中の金融機関に連鎖的に波及し、世界的な金融危機へと発展してしまったのである。


グローバル・インバランス

アメリカの住宅バブルの崩壊が世界的な金融危機を引き起こした大きな理由のもうひとつは、「グローバル・インバランス」と呼ばれる世界経済の構造問題である。

グローバル・インバランスとは、アメリカなど一部の国が過剰な消費と一方的な輸入を行って経常収支赤字を積み上げ、東アジアの新興国や中東諸国が経常収支黒字を累積するという、世界レベルの経常収支不均衡の構造のことである。

2000年代、東アジアの新興国(特に中国)や中東諸国は、多額の経常収支黒字を抱えたが、その資金を内需の拡大に用いず、先進国、特にアメリカにおいて運用しようとした。

そのため、巨額の資金が流入したアメリカでは、低金利状態が続いたために、住宅市場のバブルが発生することとなったのである。

2000年代の経済は、住宅価格の上昇期待により発生した消費者の旺盛な需要を最終消費として、新興国がアメリカの消費を満たすための生産と投資を行い、貯め込んだ経常収支黒字をさらにアメリカ市場に還流するという循環が働き、世界は経済成長を謳歌した。

しかし、アメリカ市場の住宅バブルが崩壊したとき、この構造が崩壊し、世界的な経済危機が勃発することとなったのである(Dunaway2009, United Nations2010)

2008年以降の世界経済の課題は、このグローバル・インバランスを是正する「リバランス」であると認識されている。

なぜなら、アメリカが経常収支赤字を積み上げて世界経済全体を牽引するという不均衡の構造が、リーマン・ショックによって持続不可能であることが明らかになったからである。

グローバル・インバランスを解消しなければ、不況が継続するか、あるいは再び世界金融危機が引き起こされることになってしまう。

しかし、市場メカニズムを信奉する主流派(新古典派)経済学の理論によれば、本来、グローバル・インバランスは問題ではないはずである。

なぜなら、アメリカの経常収支赤字が持続し、アメリカ一国レベルでは貯蓄が不足したとしても、世界の資本移動が自由であれば、貯蓄不足の国には資本が流入するので、世界経済全体で貯蓄と投資が均衡するはずだからだ。

グローバルな市場メカニズムが、グローバルな均衡を達成するのである。

したがって、アメリカが自由貿易の結果として経常収支赤字を一方的に積み上げたとしても、問題はない。

主流派の経済学者たちはそのように考えてきたのである。


しかし、このような理解には、致命的な欠陥があった。

それは、資本主義がバブル経済を引き起こすという可能性を想定していないか、あるいは軽視しているという欠陥である。

資本主義は、将来の利益を予測して現在の支出を行うという投資や融資といった経済活動を基礎にして動いている。

しかし、人間は将来の利益を正確に計算することはできず、その不完全な予測能力によって、将来の結果を期待するしかない。

資本主義とは、結局、人間の期待という不確実極まりない主観に依存して動いているのである。

資本主義が期待という不安定なものに依存している以上、それは自動的に均衡に向かうことはない。

資本主義は、放置すれば必ずバブルとその崩壊を引き起こすのである。

例えば、好景気が長期にわたって続くと、人々は将来に対して楽観的になり、強気の投資を行うようになる。

企業や金融機関は、強気になって、社債発行や借り入れによる資金調達をより許容するようになる。

しかも、こうした好況期には、金融機関が旺盛な資金需要に応えるために、新たな金融商品や金融技術を開発するようになる。

そのため、資金調達が容易になり、投資や融資はさらに過熱していく。

バブルの発生である。

そのうち、金利の上昇やインフレが進んで資金調達が困難になったり、政府当局が金融を引き締めたりすると、バブルが崩壊して資産価格が急速に下落し、今度は悲観が市場を支配し、デフレのスパイラルが生じるのである。

投資家が、将来得られる利益を正確に計算したり、将来に関する完全な情報を得たりすることは不可能である。

特に、海外への投資であれば、さらに知識や情報が不足するので、将来予測はますます困難になり、将来への期待はますます不確実なものとなる。

それゆえ、バブル経済と金融危機は、一国内の資本主義でも起きうるのであるが、グローバルな資本主義では、その危険性はなおさら高くなる。

実際、歴史上、国際的な資本の移動性が高い時期は、金融危機がより頻繁に起きている(Reinhart and Rogoff2008)。

それゆえ、貯蓄不足で海外からの資本の流入に頼らざるを得ない経常収支赤字国は、経常収支黒字国以上に、バブルとその崩壊のリスクにさらされていると言えるだろう。

何より、経常収支赤字国であるアメリカが引き起こしたリーマン・ショックが、その最大の証左である。

このメカニズムは、ハイマン・ミンスキーの理論によるものである。ミンスキーについては、中野(2009)を参照のこと。

出所:国力とは何か 経済ナショナリズムの理論と政策 中野剛志著 講談社現代新書 2012-02-07





デフレこそ金持ち天国をつくる秘薬だ。金持ちの金持ちによる金持ちのための経済「意図的デフレ」

日本のデフレは16年間も続いている。

GDPデフレーターという日本国内で生産されたモノやサービスによって生み出された付加価値の価格の動きを示す指標によれば、l995年ごろから前年比マイナスに転じた。

1997年4月に消費税が3%から5%へ引き上げられて一時的に上昇したが そのl997年から数えても14年間、おおむねマイナス圏で推移している。

世界の中で、こんな長期間デフレを続けている国は他にない。

この20年間で先進国の名目GDPが2倍以上に増えているのに、日本だけがほとんど成長していない。

その最大の原因は、デフレだ。

デフレはインフレよりも、はるかに経済に悪影響を与える。

そんなことは、日本でも、世界でも、インフレ期とデフレ期の経済成長率を比べてみれば一目瞭然だ。

昔に遡るのが面倒であれば、現時点でのインフレ率と経済成長率を世界各国で比べてみてもよい。

デフレがいかに経済を破壊するのかがよくわかるだろう。

逆に言えば、日本経済はデフレを止めさえすれば、いま抱えている問題のほとんどを解決することができる。

たとえば、震災復興だ。

野田首相は、こんなことを言っている。

「復興予算として5年間で19兆円必要です。

1次次補正予算で4兆円、2次補正予算で2兆円手当てしたので、残り13兆円になります。

このうち3兆円は歳出カットによりひねり出すので、10兆円を後の世代に残さない形(後に反故にしたのは第l章で書いたとおり)で税負担をお願いしたい、一緒に日本を復興させましょう」。

ところが現実には20兆円規模の財源では被災地が昔の姿を取り戻すことさえできない。

少なくとも、この数倍の規模のカネをつぎ込んで東北を日本で一番働きやすい、住みやすい地域に復興させるべきだ。

たとえば、政府がl00兆円の復興債を発行する。

これで震災復興の財源は十分だろう。

それを日銀が市場から買い取る形で吸収する。

市場に流通する国債が増えるわけではないから、国債の値下がりは起きない。

一方、日銀が国債を買い取る代金として、市場に資金が供給される。円資金の供給増は、対外的には円安をもたらし、対内的にはデフレを収束させる。

「日銀が国債を大量に買ったら、ハイパーインフレになる」という意見もあるが、そんなことはない。

現に、米国は2010年11月から、第2次金融緩和策(QE2)として中央銀行が6000億ドル(約50兆円)もの国債を買い入れたが、米国をハイパーインフレが襲ったという事実はないのだ。

日銀が100兆円の国債を買い入れても、日本の資金供給は2倍に増えるだけだ。

米国は3倍に増やして、大幅なインフレにはならなかったのだから、日本がハイパーインフレに襲われることなどありえない。

国債の大量発行は、欧州のような債務危機に日本を陥れると思われるかもしれないが、それもない。

ギリシヤがなぜ債務危機を迎えたのかといえば、国債発行の7割をも海外に消化してもらっていたからだ。

イタリアも同じだ。

実は、イタリアもl990年代までは国債の海外保有比率が2割程度だった。

それがこの10年あまりで国債の海外保有比率が急増し、一時45%まで高まった。

だから、その"タマ"を使って、投機筋に売りを浴びせられ、まんまと弄ばれてしまったのだ。

日本国債の92%は、日本国内で消化されている。

新規国債の発行を増やしても、日銀がすべて保有してくれれば、海外保有比率は上がらない。

だから、日銀が国債を大量に貰い受けても、日本が債務危機に陥る可能性はないのだ。

思い切った国債発行によってデフレから脱却できれば、さらに財源が生まれる。

本格的デフレが始まった1997年度の税収は54兆円もあった。

リーマン・ショックの翌年2009年度の税収は37兆円、2011年度は41兆円と見積もられている。

デフレから脱却すると景気が回復に向かい、モノが売れるようになり、企業の業績が向上し、社員の収入も増える。

それは税収が増えることにつながる。

2011年度の税収41兆円をベースに考えればl997年当時の54兆円に戻るだけで、13兆円の増収になる。

5年間なら65兆円も使える予算が増えることになるのだから、民主党の政権交代の公約であった子ども手当も、高速道路無料化も継続できる。

それなのに野田内閣も、民主党も、自民党も、官僚も、口先では「デフレ脱却」を主張するものの、本気で金融緩和を断行しようとはしていない。

その理由は、これから詳述していくが、重要なことは、デフレは止まらないのではないということだ。

あえてデフレを止めないのだ。

もちろん、デフレを止めない「実行犯」 は日本銀行だ。


経済学の教科書に載っている「貨幣数量説」が示すとおり、物価は、資金供給量と貨幣の流通速度に比例し、GDPに反比例する。

だから、物価を上げようとするならば、日銀が資金供給量を増やせばよい。

ただ、それだけのことだ。

中央銀行の役割というのは、資金供給量を調整して物価を安定させることだ。

先進各国は、緩やかに物価が上昇するように資金供給量を調整している。

だから、日本以外の先進国は、どこもデフレに陥っていないのだ。

日銀はデフレ政策を続けている。

日銀は物価の動きを精緻に監視していて、消費者物価上昇率がプラスに転ずる気配を嗅ぎ取ると、素早く金融引き締めを行ってインフレの芽を潰し、デフレを継続させている。

大和総研のチーフエコノミストの原田泰氏は著作「日本はなぜ貧しい人が多いのか」(新潮社)の中で、
「日銀はデフレをターゲットにして金融政策を実行しているとしか考えられない」という意味の指摘をしている。

嘉悦大学教授の高橋洋一氏も、日本のデフレは日銀が金融緩和をすれば、すぐに解消できる性質のものであることを一貫して主張している。

日銀の金融政策をきちんとウオッチしている人にはわかっている。

デフレは意図的に引き起こされ、いまなお意図的に続けられているのだ。

暗黙の了解によりデフレが継続 デフレを続けさせている主犯は、我々金持ちだ。

世の中には2種類の人間が存在する。

働いても働いても生活が楽にならない庶民と、お金にお金を稼がせることによって、働かなくても豊かな生活を送ることのできる金持ちだ。

金持ちにとってデフレは天国だ。

一番基本的な要因は、金持ちの持っているお金の価値がデフレで上がるということだ。

たとえば、私が持っている3億円の価値は、物価が1%下がっただけで300万円分価値が上がる。

つまり、l%デフレにしてくれただけで、何も働かずに年収300万円を受け取るのと同じことになるのだ。

しかも、この所得には一切税金がかからない。

また、官僚のように、実際に保有している資産はさほどでもないけれど、おいしい既得権益を握っている人たちにとってもデフレは好都合だ。

庶民は、デフレで転職が難しくなったり、リストラをされたりするが、終身雇用の公務員は、リストラされる可能性がないからだ。

いまの
デフレは、金持ちと既得権を持つ人たちの暗黙の共謀によって続けられている。

そう言うと、「金持ち全員が横でつながっているわけではないのだから、共謀などできないのではないか」という庶民の声が聞こえてくる気がする。

本当に共謀できないと思っているのか。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のような一流のオーケストラをイメージしてみよう。

オーケストラのメンバーは楽譜と指揮者のタクトを見ていれば、いま自分がどのような演奏をすればいいのかがわかる。

具体的な指示をされなくても、指揮者の意図を汲み取って演奏ができるからオーケストラのメンバーでいられるともいえる。

プロ野球の一流選手だって同じこと。

監督やコーチの指示を受けなくても、試合展開を読みながら、自分のポジションでやるべきことを理解して動く。

それができない二流選手は2軍に落とされ、やがて解雇される。

金持ちは、誰に指示をされなくても、デフレ継続のために、自分のポジションで何をすればいいのか、何をしてはいけないのかを見分けて行動している。

それがデフレの美しいハーモニーを奏でているのだ。

ところがなかには空気の読めない人物もいて、盛んに「デプレ解消」と叫んでいる。

国会議員でいえば民主党の小沢鋭仁、元財務副大臣の池田元久ほか、民主党内には100人前後いる。

野党では自民党の山本幸三、みんなの党の渡辺喜美、浅尾慶一郎。

学者では学習院大学教授の岩田規久男、嘉悦大学教授の高橋洋一、経済評論家の上念司、大和総研のチーフエコノミストの原田泰らだ。

こういう人物の発言力が強くなるとデフレ天国、震災恐慌天国というパラダイスが壊される恐れがある。

彼らの発言には注意し、封じ込めなければならないのだ。

出所:「庶民は知らないデフレの真実」 森永卓郎著 角川SSC新書刊 2012-04-05







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