GDP
三面等価の原則(生産支出分配

財政 危機
政府の借金ゼロ
信用 創造
バブル経済

デフレからの脱却
日銀による意図的デフレ
オズの魔法使い
金貨供給量・金本位制
BIT COIN
CRYPTO CURRENCY


税収の「源泉」

「税収」の源泉は名目GDP(国内総生産の名目値)です。

名目GDPとは「日本国民全員の所得の合計」を意味してい
す。

「国民全員の所得」とは、家計の給与所得などはもちろん、企業の最終的な所得(税引き前当期利益)等も含まれています。

家計の所得(給与所得など)、企業の所得(税引き前当期利益)、さらに政府の所得(関税や消費税など)を総計したものが、まさに国民の所得の合計になるのです。

これは別に概念的な話をしているわけではなく、本当にGDPは国民全員(政府含む)の所得を集めたものになります。

とはいえ、「GDPとは国内総『生産』のことで、所得ではないではないか!」と言いたくなった方がいるかもしれません。

GDPとは一定期間(例: l年間)に国民が稼いだ(=生産面)付加価値の合計であると同時に、需要(=支出面)の合計でもあり、さらに所得(=分配面)の合計でもあるのです。

生産面、支出面、分配面のGDPは全て等しくなるのですが、これを「GDPの三面等価の原則」と呼びます。

本政権が1997年に「増税」「政府支出の削減」により財政健全化を目指し、逆に財政を悪化させてしまったのは、なぜなのでしょうか。

理由はもちろん、当時の日本が今と変わらず「デフレーション」の状況にあったためです。

「デフレ環境下の政府が増税や支出削減を実施すると、翌年以降の税収が減り、財政はかえって悪化する」ことは、国民経済の常識です。

とはいえ、橋本政権がこの「国民経済の常識」を知らなかったのかと言えば、必ずしもそうとは言い切れません。

どうも橋本政権は、「日本はすでにバブル崩壊後のデフレ局面を脱した」と誤った判断を下し、増税に踏み切った可能性が濃厚なのです。

何しろ、当時の名目GDP成長率は実質GDPのそれを上回り、数字だけを見れば「デフレ脱却」という状況に至っていたのです。


もっとも、名目GDP成長率が実質値を上回ったのは、結局は97年のみでした。

名目GDPの成長率が実質値を超えるのは、確かにデフレ脱却の「兆候」ではありますが、必ずしも「デフレ脱却確定」を意味するわけではありません。


橋本政権は、少なくとも、もう2年は経済状況を見据えなければならないところを、瞬間的な日本経済のデフレ脱却の兆候を受け、「すわ、増税!公共事業の削減だ!」とやってしまったわけです。

結果、日本経済はその後、長期にわたるデフレーションに苦しめられるようになり、租税収入の落ち込みも続いています。

橋本政権の例からも分かりますように、デフレ環境下の政府が増税で歳入増を、支出削減で歳出減を目指すと、翌年以降に税収減に見舞ねれ、財政は悪化してしまいます。

理由は明々白々で、実は「税収」の源泉は名目GDP(国内総生産の名目値)であるためです。


「政府のお金」と「国民の所得」の原則

税金とは国民全体の所得の総計であるGDPから「政府に分配された所得」になります。

すなわち、税金の出所はわたくしたちの所得以外には存在しないのです。

かつて、田中角栄が自著である『日本列島改造論』(日刊工業新聞社.1972年刊)において、「『福祉は天から降ってこない』一部の人びとは『高度成長は不必要だ』『産業の発展はもうごめんだ』とか『これからは福祉の充実をはかるべきだ』と主張している。

しかし『成長か福祉か』『産業か国民生活か』という二者択一式の考え方は誤りである。

福祉は天から降ってくるものではなく、外国から与えられるものでもない。

日本人自身が自らバイタリティーをもって経済を発展させ、その経済力によって築き上げるほかに必要な資金の出所はないのである」と述べています。

この田中角栄の言葉ほど、現在の評論家や政治家の頭の中に叩き込みたいものはありません。
全くもって、田中角栄の言う通りです。

「成長か福祉か」「産業か国民生活か」といった二者択一は成立しません。

なぜならば、社会福祉に必要な費用も、結局は税金(健康保険料などの徴収を含みます)から支払われるためです。

社会福祉を充実させるために政府を増収にしたいのであれば国民の所得の総計であるGDPを拡大するしかありません。

すなわち「経済成長」です。

名目GDPが成長すれば、政府は自然増収になり、社会福祉の充実も実現できます。

名目GDPの成長なし("政府の増収なし)で社会福祉によりたくさんのお金を回そうとする場合、成長のために必要な投資(公共投資など)を削り取るしかありません。

経済は投資なしでは成長しませんので、「成長のために金を使うのではなく、社会福祉に金を回せ」などとやっていると、社会福祉の原資(税金と国民所得)が先細りになっていきます。

しかも、昨今の日本はデフレです。

デフレ下では国民は消費や投資を増やさず、貯蓄を増やす傾向があります。

ということは、せっかく社会保障を充実させ、国民に政府から支払われるお金を増やしたところで、家計の銀行預金が増えるだけの結果に終わってしまいます。

くどいようですが、家計が銀行預金を増やしたところでGDPは1円も増えませんので、やはり経済成長率は落ち込んでしまいます。

日本国民はいい加減に「政府が支払うお金の源泉は、国民の所得以外にない」という原則を理解するべきなのです。

そして、社会福祉が充実している国があったとしたら、当然の話としてその国は「国民の所得から、より多くのお金が政府に分配されている」という当たり前の事実を押さえておくべきです。

税金、社会保障費用、あるいは公務員給与などは、全て国民所得である名目GDPと密接な関係があります。

国民が名目GDPとして所得を稼ぎ、そこから税金を徴収され、社会保障費用や公務員給与として支払われているわけです。

国民が政府から「より充実した社会保障」を受けたいのであれば、方法は二つしかありません。

すなわち、「現在の所得から、より多くの税金を政府に支払う」か、もしくは、「名目GDPを拡大し、政府を自然増収にする」の二つです。

もつとも、前章まで散々に繰り返した通り、デフレ下の政府が増税をすると、名目GDPがマイナス成長になります。

すなわち、政府は減収になってしまうのです。

また、日本政府がデフレを放置したまま社会保障である「所得移転」を拡大したところで、名目GDPの成長は望めません

これまた繰り返しになりますが、生活保護や年金、子ども手当、農家戸別補償などの所得移転は、それ自体は単に政府から家計への「お金のプレゼント」にすぎません。

そのため、デフレでお金の価値が上がっていく状況で所得移転を拡大しても、家計の貯蓄を増やしてあげるだけの結果に終わります。


目指すべきは「増税」ではなく「増収」

税金の原資は名目GDP以外には存在しません。

政府は国民から税金という形で「所得を分けてもらい」、国民のために支出をします。

その支出は、主に名目GDPとなる「公的固定資本形成」「政府最終消費支出」、さらに所得移転である年金、生活保護などの社会保障として支出されます。

要は政府の「所得(税金)の得方」と「使い方」の話ですが、各国の社会保障支出や「社会保障以外の政府支出」を対GDP比で比べると、興味深いことが分かります。

実は、巷のマスコミが豪語するほど、日本はいわゆる「大きな政府」ではないのです。

なぜ政府の社会保障支出や「社会保障以外の政府支出」を名目GDPと比べるのかと言えば、くどいようですが政府の支出の源泉が、国民の所得の合計であるGDP以外にはないためです。

日本政府は少なくともOECD諸国内で比べる限り、別に大きな政府でも何でもありません。

特に、社会保障以外の支出が最下位なわけですが、先述の通り日本の公務員数が労働人口に占める割合はわずか5%です。

こちらの方も、OECD諸国で最も少ないわけです。


公務員給与の支払いは、もちろん「社会保障以外の支出」になります。

例えば、アメリカは社会保障の支出が15.5%と、日本よりも低くなっています。

それに対し、社会保障以外の支出は23.4%と、OECD諸国では上から7番目です。

すなわち、アメリカ政府は国民に対する社会福祉の支出が相対的に小さく、同時に社会福祉以外に多大なお金を払っているわけです。

理由は言うまでもないでしょうが、世界最人の軍箏支出になります。

社会保障が小さい代わりに、軍事費が大きく、アメリカ政府の総支出対GDP比率は日本よりも大きくなっているのです(それでも38.9%と、日本より一つ順位が高いだけなのですが)。

それに対し、日本は社会保障支出についてはアメリカよりも対GDP比で大きいですが、防衛費にお金をそれほど使っていません。

さらに、公務員の数が少なく公共事業を削減しまくっているわけですから、政府の総支出対GDP比率は、OECD諸国の中で下から数えたほうが早い状況になっているわけです。

ところで、日本の社会保障支出で、年金は代表的な「所得移転」であり、政府がお金を支払っても、それ自体にGDPの拡大効果はないという点です。

無論、年金を受け取った高齢者がお金を消費などに使えば、日本のGDPは拡大します。

所得移転である年金に対し、医療費の政府負担分はGDPの「政府最終消費支出」という需要項目の一部です。

政府が医療費の負担分を支払うとき、必ず国民の「誰か」が医療サービスを受けています。

すなわち、国民が医療サービスを受けた場合、GDPは国民の自己負担分だけ「民間最終消費支出」が、政府負担分として「政府最終消費支出」という需要項目が増えることになります。

今後、日本の高齢化が進むに従い、年金や医療費の支払いは増えていくことが予想されます。

そのために「消費税を上げよう」と、財務省などは主張しているわけです。

税金の原資たる名目GDPが増えていかない限り、結局のところ政府は減収になってしまいます。

政府が減収になると、長期的に年金や医療の維持が困難になっていくわけです (ここでいう政府の税収は、年金保険料支払いなど、国民の社会保障費の支払いを含みます)。

筆者としては、政府の「増収」により、将来的にも年金や医療費の支払いを維持しようという発想自体に反対するわけではありません。

とはいえ、年金や医療の維持のために必要なのは、あくまで「増収」であり、「増税」ではないのです。

例えば、現在の日本の名目GDPが堅調に増えている状況であれば、政府が増税すると税収が増えます。

税収が増えれば、年金や医療費の支払いも滞りなくできるわけで、筆者として別に反対したりしません。

むしろ、積極的に賛成します。

デフレが深刻化している現時点で政府が増税すると、名目GDPがマイナス成長になり、政府の税収は減ります。

年金や医療費に使えるお金の原資が減ってしまうのです。

すなわち、筆者は「年金や医療を長期的に維持する」ためにこそ、現在の日本政府が増税を推進しようとしていることに反対せざるを得ないわけです。

日本政府が目指すべきは、増税ではなく増収であるはずで、そのためには名目GDPを成長させるしかないのです。


日本政府の間違いだらけの経済政策

現実の日本政府は「名目GDPの成長」という点では、むしろ逆効果のことばかりをやっています。

政府の支出から年金などの所得移転系を除き、GDPとなる「政府最終消費支出」及び「公的固定資本形成」の推移を中期的に見てみましよう。

日本政府のGDP上の政府最終消費支出と公的固定資本形成の合計額、すなわち政府による有効需要(GDPのことです)の創出額は、2001年がピークとなっています。

名目GDPの成長のために必須である公共投資(公的固定資本形成)は、97年以降、容赦なく削減されています。

日本の公共投資は、橋本政権の緊縮財政開始以降、一部の例外(小渕政権、麻生政権)を除き、延々と削減され続けてきました。

結果、2010年の公共投資(厳密には公的固定資本形成ですが)は96年の42兆円というピークから、10年には20兆円にま
で減らされてしまったのです。

2010年の日本の公共投資は、何と30年前の1980年をも下回っています。

これはもはや、日本政府が、「私どもは、日本経済を成長させる気は全くありません」と、世界に宣言したのも同然です。

せめて69年時の水準を維持していれば、2010年の日本の名目GDPは公共投資分だけでも、現在よりも20兆円は多かった計算になります。

政府の公共投資は、当然ながら民間企業の投資を呼び込みます。

国民経済では、「最初に誰かが支出をすると、別の誰かの所得になる。

別の誰かはそのお金を別の支出に使い、さらに別の誰かの所得が増える」という現象が発生しますが、これを経済学上「乗数効果」と呼びます。

日本政府が96年時の公共投資の水準を維持していれば、乗数効果の働きで、最終的な名目GDPは60兆円以上増大したはずなのです。

名目GDPが増えれば、政府の税収も増えますので、日本の財政がここまで悪化することはなかったでしょう。


しつこいですが、名目GDPとは国民の所得そのものです。

政府が公共投資を96年と同水準で維持していたならば、日本国民の所得は全体で10%以上も大きくなっていたという話になります。

すなわち、皆さんの所得が増えていたはずというわけです。

97年以降、公共投資が減らされている中において、政府最終消費支出は増えていっています。

これは、先にも書いた通り、政府最終消費支出に含まれる医療費の政府負担分が増加していったためです。


政府最終消費支出の内訳をみると「保健」という項目が拡大していっています。

まさにこれこそが、政府による医療費負担分の支払いというわけです。

マスコミや一部の政治家が叫ぶように、公務員の給与が増えているわけではありません。

日本の公務員数対労働人口比率はOECD諸国で最低です。

「社会保障以外の政府支出」もOECD諸国最低なのです。

現実の数字を無視し、殊更に公務員の問題を取り上げ、肝心の社会保障費用についてほとんど触れようとしないマスコミの

報道姿勢には、問題があるとしか言いようがありません。

恐らく、社会保障の削減の話を始めると、国民に直接害が及ぶ(年金が削減される。

あるいは医療費の国民負担が増える)ため、政治家が選挙で当選しにくくなってしまうためだと思います。

「皆さん、わたくしは皆さんの年金を削減します。医療費の国民負担も吊り上げます」などと言った日には、その政治家は確実に落選することになるでしょう。

公僕であるため反論しにくい公務員批判の話に焦点を当てているのでしょうが、それにしても歪んでいます。

そもそも、国家が安定的に維持されるためには、公共サービスは必須なのです。

東日本大震災では、 何十万もの自衛隊員、警察官、消防官その他公的サービス従事者が懸命に被災地で働きました。

自らの身の危険も顧みず、被災者のために働いたあの方々の姿を見ても、単純に、「日本の公務員は多すぎる(これ自体が事実誤認ですが)!公務員を削減しろ!」などと主張できるのでしょうか。

無論、一部の自治体の職員の給与水準が、民間よりも「極端に」高くなりすぎているといった問題はあるでしょう。

その場合は、その地域の公務員給与を削り、浮いたお金を「雇用を生み出す」ために自治体政府が支出すれば済む話です。

雇用を生み出すとは、公共事業及び「失業者を公務員として雇う」のが手っ取り早いですが、新たに職に就いた元・失業者が消費を拡大し、政府(自治体政府含みます)の税収は増えます。

単に、公務員給与を削るだけでは、名目GDPが減ってしまう(政府最終消費支出が減る)ため、政府が税収減になり状況は悪化してしまいます。

奇妙なルサンチマンに基づき、「◎◎市の政府職員の平均給与は800万円だ!民間と比べて高すぎる!」と主張する人は、是非とも本書を理解した上で、国民所得(及び税収)を増やすためにどうすればいいのかを真剣に考えてほしいと思います。


出所:税金のカラクリ 三橋貴明 海流社 2012-03-14



日本国民全員の所得の合計がGDP・
全ての源泉はGDP

出所:税金のカラクリ 三橋貴明
海流社 2012-03-14





経済成長は永遠である

日本のGDPが成長せず、世界に占めるシェアが縮小しているのは「現実」だ。

それを受け、思考停止に陥った日本国民の多くは、「そんなことを言っても、現実に経済成長していないのだから、仕方がない。

我々は英語を学び、グローバルに生きるしかないのだ」などと思い込んでいるわけだが、日本が経済成長していないのは、単にデフレのためだ。

デフレから脱却しさえすれば、我が国の経済は世界経済を上回るぺースで成長することが可能だ。

逆に言えば、日本はデフレから脱却しない限り、経済成長できない。

2016年1月4日、朝日新聞は「経済成長は永遠なのか「この200年、むしろ例外」」という記事を配信し、日本の将来の経済成長について否定的な論調を報じた。

記事を書いた原真人記者は、「だがこの25年間の名目成長率はほぼゼロ。

ならばもう一度右肩上がり経済を取り戻そう、と政府が財政出動を繰り返してきた結果が世界一の借金大国である。」と、例により「国の借金("世界一の借金大国)」という虚偽のレトリックで、成長を否定してみせた。

さらに、東京大名誉教授の上野千鶴子は、16年2月11日の中日新聞「平等に貧しくなろう」において、「日本は人口減少と衰退を引き受けるべきです。

平和に衰退していく社会のモデルになればいい。

一億人維持とか、国内総生産(GDP)600兆円とかの妄想は捨てて、現実に向き合う。」と、インタビューで語った。


筆者は日本の「言論の自由」をこよなく愛する一人である。

とはいえ、原真人や上野千鶴子といった成長否定論者の発言や記事を読むたびに、我が国は「国防上の理由」から言論の白由を制限しても構わないのではないかという思いに駆られてしまう。

原や上野に代表される成長否定論者たちの言論に影響され、日本国民に「日本は経済成長しない」「日本は経済成長する必要がない」という空気が蔓延してしまうと、冗談でも何でもなく我が国は「亡国」に至ることを、筆者は確信しているのである。


そもそも、この手の成長否定論者たちが勘違いしているのは、日本が成長していないのは、別に我が国の宿命でも必然でもないという点である。

日本が経済成長していないのは事実だが、理由は単純にデフレのためだ。物価下落以上のぺースで所得が縮小していくデフレの国が、経済成長することは不可能だ。

何しろ、経済成長とは「生産=支出=所得」であるGDPが拡大することであるためだ。

物価以上のぺースで所得が減少するデフレ国が、経済を成長させるなど、端から不可能なのである。


日本が経済成長を実現するためには、デフレーションから脱却することが不可欠だ。

とはいえ、この手の成長否定論者の論調が支持を集めると、デフレ脱却に不可欠な「政府による需要創出」が不可能になってしまう。

結果的に、成長否定論者の狙い通り、日本の経済成長率は低迷する。

原真人の「日本は借金大国」というデマゴギーの間違いについては後述する。

それ以前の話として、原真人や上野千鶴子といった成長否定論者は、三つの点で「言論の自由」を制限されても構わないと思うほどに罪深いのである。

一点目。原にせよ、上野にせよ、過去の日本経済の成長、すなわち所得の拡大の恩恵を受け、日本国で豊かに、快適に暮らしてきたのである。

自分は過去の日本の経済成長の恵みを受けているにも関わらず、将来の成長を否定する。


自分は、過去の成長のおかげで安楽に暮らし、将来の日本国民は貧困化する国家で暮らせと言っているわけだ。

倫理的に、許される話ではない。

「平等に貧しくなろう」と主張するのであれば、上野にはまずは自分の全財産を国庫に寄付するなどして、自ら「貧しくなる」ことで範を示してほしい。

断言するが、上野に代表される「日本は貧しくなってもいい」論者たちは、自分は懸命に旧本円をかき集め、貯め込む。白らは日本円を貯蓄することに血眼になりながら、他者には「貧しくてもいい」と言ってのける、恥知らずたちなのである。

二点目。原や上野は、GDPこそが税収の源泉であることを理解していない。

GDPは、その国の所得の合計だ。そして、我々は所得から税金を支払う。

必然、GDPと政府の租税収入は強い相関関係にある。

GDPが大きい国は、税収が増えるために、財政規模も大きくなる。

当然ながら、財政規模が拡大すれば、軍事支出にも多額のお金を費やすことが可能になる。

先のグラフの通り、橋本政権の緊縮財政で日本経済がデフレ化する前、我が国のGDPは一国で世界の17%超を占めていた。

その後、日本のGDPシェアはひたすら落ちていき、2015年には5.6%にまで凋落してしまう。

反対側で、中国は日本からの直接投資の恩恵も受け、経済成長を続けた。

すでにして、中国のGDPは日本の2倍以上に膨らんでいるのだ。

このまま日本経済が成長せず、中国経済が拡大を続けた場合、最終的にはどうなるだろうか。

中国のGDPが日本の10倍、軍事支出が20倍という時代が20年ほどで訪れることになる。

日本の20倍の軍事費を使う共産党独裁国家に、日本はどのように立ち向かえばいいのだろうか。

立ち向かえない、というのが残酷な答えだ。

日本国を将来の日本国民に「日本国」として残すためにも、我が国は経済成長「しなければならない」のだ。

そして、経済成長のためには、デフレ脱却が不可欠である。

ところが、原や上野に代表される成長否定論者は、ありもしない「財政破綻論」や成長否定論を振りまき、日本のデフレ脱却のための財政出動を妨げる。

三つ目。成長否定論者の多くが勘違いしているのだが、現在の日本は経済成長の絶好の機会を迎えているのである。


経済成長とは、何なのか。もちろん、GDPが拡大することだ。

それでは、GDP拡大するためには、どうしたらいいのか。

人口が増えなければならない? 笑わせる。

いまだかつて、地球上に人口の増加により経済成長を達成した国など、存在しない。

経済成長のために必要なのは、日々、働く生産者一人当たりの生産量の拡大なのだ。

生産者一人当たりのGDP(生産量)の拡大、すなわち生産性の向上だ。

経済成長とは、生産性の向上により「のみ」達成される経済現象である。

現在の日本は、人口が減少している。

確かに、人口は減少しているが、人口が増加しようが減少しようが、経済成長する国は成長し、成長しない国は成長しない。


そもそも、成熟とは何を意味するのか。いい加減に、現実から目をそらすのはやめよう。

人口減少も、経済の「成熟」とやらも、経済成長率の抑制要因にはならない。

経済成長のためには、投資(公共投資、設備投資、住宅投資)の拡大が必要だ。

日本の投資は、我が国がデフレに突っ込んだ1997年の140兆円規模から、直近では100兆円水準に低迷している。

日本が経済成長していないのは、経済のデフレ化により官民ともに投資意欲を失ってしまったためなのだ。


資本主義経済の国が、投資なしで経済成長を達成することは不可能だ。

そもそも資本主義とは、生産活動に投じられる資本、技術などに対する投資が経済成長を実現するというモデルなのだ。

そして、なぜ日本が投資を縮小させてしまったのかといえば、まさに原や上野といった、経済の「け」の字も知らない成長否定論者たちが力を持ち、報道を通じて「日本衰退論」を国民に拡散してしまったためなのである。

現在の日本は、少子高齢化による生産年齢人口比率の低下を受け、人手不足が深刻化してきている。

人手不足こそが、生産性向上のための投資の絶好の機会だ。

何しろ、需要に対して供給能力が不足しているわけだから、投資をすることで企業は儲かる。

そして生産性向上とは、実質賃金の上昇とイコールだ。

人手不足を埋める生産性向上のための投資こそが実質賃金を高め、国民を豊かにするのである。

それにも関わらず、成長否定論者の影響で日本の経営者や政治家が投資を増やさず、経済成長率が低迷した場合、将来的に我が国は普通に中国の属国と化すであろう。

現在の日本において、成長否定論者たちは、言論の自由を奪われても仕方がないほどに罪深き存在なのである。

日本国民は、改めて理解する必要がある。国民が成長の意思を持ち、投資を拡大し続ける限り、経済成長は永遠に続くのだ。


それにしても、朝日新聞の原真人に代表されるように、「日本は国の借金で破綻する」といった、幼稚な破綻論が未だに蔓延しているわけだから、我が国の闇は深いと言わざるを得ない。

そもそも「国の借金」ではなく「政府の負債」だ。

日本国民は政府の負債の債権者であり、債務者ではない。

新聞などで見られる「国民一人当たりの借金」という表現は、債務者と債権者の関係を逆にした、嘘のレトリックなのである。


しかも、日本政府の負債は100%日本円建てだ。

日本政府は子会社である日本銀行に日本円を発行させ、国債を買い取らせることで(いわゆる「量的緩和」がこれに該当する)、負債の返済負担を実質的に消せる。

日本政府が自国通貨建ての国債の返済、利払いができず「財政破綻」する可能性はゼロだ


出所:生産性向上だけを考えれば日本経済は大復活する シンギュラリティの時代へ 三橋貴明 彩
図社 平成28年6月19日




仕入税額控除

消費税は税を負担した消費者が支払うのではなく、販売した企業が納税を行う。

たとえば、スーパーマーケットで税抜100円のみかんを消費者が買ったとしよう。

消費者が支払うのは本体価格の1OO円と消費税8円の合計108円だ。

ただし、スーパーマーケットは、消費者から預かった8円の消費税をそのまま税務署に納めるのかというと、そうではない。

スーパーマーケットが卸売業者から、そのみかんを税抜50円で仕入れていたとする。

この場合、仕入れの時点でスーパーマーケツトは4円の消費税を支払っている。

だから、消費者から預かった8円の消費税のうち、すでに仕入れ段階で支払っている4円を差し引いて、残った4円の消費税を税務署に支払うことになる。


仕入税額控除は小売業にだけ適用されるのではなく、すべての業種の事業活動に適用される。

つまり、商品の仕入れだけでなく、会社の経費として支出された商品にかかっている消費税は、すべて消費税の納税の際に控除されるのだ。

仕入れ段階で支払っている4円を差し引いて、残った4円の消費税を税務署に支払うことになる。

このルールを仕入税額控除と呼んでいる


中小企業はそもそも消費税を顧客から預かれていない

消費税のさらなる問題点は、中小企業の経営を追い詰めるということだ。

それは、理輪面ではなく実態面に表れる。

中小企業には消費税を上乗せした請求がなかなか難しいのだ。

もちろん、法律的には、商品の仕入れ業者や消費者は消費税を支払う義務がある。

ところが、現実はそうでもないのだ。

たとえば、零細部品メーカが部品を納入してそこに別途消費税を加算しようとすると、大手企業の入れ担当から、「消費税は泣いてよ」と言われてしまうのだ。

もちろんそれは違法行為なのだが、その違法行為が蔓延しているのだ。

零細事業者は、自らの仕入れには消費税を上乗せして支払わなければならない。

ところが、得意先からは消費税を預かれない。

それでも、消費税を預かったとみなして税務署は消費税を徴収しにくる。

その結果消費税の滞納が頻発する。

実際さまざまな税目のなかで、最も滞納の多い税金が消費税なのだ。

国税庁の発表によると2015年度の新規発生滞納額は、6871億円と、前年度と比べて958億円、16.2%増加した。

そのうち消費税の滞納額は4396億円と、新規滞納額全体の64
.O%を占めている。

所得税の1552億円、法人税の634億円をはるかに上回る新規滞納が生じていることは、消費税をそもそも事業者が受け取れていない何よりの証拠だろう。

中小企業のなかでは消費税を税務署に納めることができなくて、倒産するケースが後を絶たないという。

それくらい消費税というのは、欠陥を持った税制なのだ。


消費税根絶基金の創設

消費税に関しては、即時にゼロにできる究極の切札が存在する。それは、「消費税根絶基金」の創設だ。

すでに日本の連結純債務は頭打ちになっている。

そこに加えて、安倍政権発足後の急激な金融緩和によって、実質連結純債務はゼロになった。

日本の財政は借金の呪縛から解放されたのだ。

ただ、日銀が国債を買い取って保有し続ければ、政府がコストなしで財政資金を得られる状況は、まだ続いている

@消費者物価上昇率が日銀の目標を下回っている、

A国債の金利が適正水準を下回っている、

B為替が望ましい水準よりも円高になっているという3条件がいまだに満たされているのだ。

少なくともこの3条件を同時に満たしている限り、日銀の国債買い増しは何の問題も起こさない。

そこで、日銀が国債購入を続けられる限り、政府が余分に国債を発行して、日銀の国債保有を増やすのだ。

そうして得た資金を政府が「消費税根絶基金」として積み立てていく。

そして、基金の残高がある限り、それを取り崩すことによって、消費税をゼロにするのだ。

現在の消費税の税収は17兆円だ。

地方税に回っている分を含めても22兆円程度になっている。

現在、日銀は年間80兆円を目途に国債を買い続けているから、仮にこのぺースを今後5年間続けられたとすると、その間の通貨発行益を積み立てれば、消費税根絶基金には400兆円の資金が貯まることになる。

それを取り崩して行けば、18年間も消費税をゼロにすることができるのだ。

消費税ゼロがもたらす経済効果

2013年度にアベノミクスによる景気の急拡大を迎えた日本経済は、消費税率の5%から8%への引き上げで、2014年度には前年比0.9%のマイナス成長(平成17年基準)に陥ってしまった。

1997年度に消費税率を3%から5%に引き上げたときは、その後15年にわたる長期デフレに陥ってしまった。

消費税というのは、経済全体への破壊力も、飛び抜けて高いのだ。

それをゼロにしたら日本経済がどうなるのか。それは火を見るより明らかだろう。

庶民の生活は豊かになり、中小企業は活力を取り戻す。

経済全体としても、力強い経済成長が蘇るだろう。


出所:消費税は下げられる 森永卓郎角川新書 2017-03-10



ヘリコプターマネー


消費税は下げられる! 借金1000兆円の大嘘を暴く (角川新書)







 


SYNCHRONATURE