近 思 録 ・ 朱子学の精髄

儒学史上最高の哲学体系





「近思録」は、朱熹(朱子)と呂祖謙によって編集され、西暦1176年に刊行された書物です。 

「近思録」には、四人の儒学者、
周濂渓、張横渠、程明道、程伊川の言葉が厳選されて収録されています。

四人は、それまでの儒学を刷新して、新しい儒学(宋学)を始めた人物です。

朱熹は、その四人の思想を受け継ぎ、集大成して
、儒学史上最高の哲学体系を作り上げました。

それがいわゆる「朱子学」です。





朱子は、姓は朱氏、誰は烹、字は元晦、のちに仲晦と改めました。

別号はいくつもありますが、朱子がとくに好んで使ったのは晦翁・晦庵(かいおう・かいあん)です。

朱子の「子」は、孔子や孟子のそれと同じく、男子の尊称であり、何々先生というのと等しいのです。

朱子というのは、後人がとくに尊んでそう呼ぶようになったものです。

朱子が生まれたのは南宋の政権が樹立された直後の建炎4年9月15日の正午でした。

太陽暦に換算すると西暦1130年の10月18日、支は戌です。

生まれた場所は、このとき朱子の家族一時身を寄せていた南剣州尤渓県の鄭氏の館です。

南剣州尤渓県は、現在の福建省のほぼ中央に位置しています。

朱子が生まれる直前に、中国民族が経験した最大の惨劇の一つに数えられている
靖康の変が発生しています。

この靖康の変によって宋の王朝は一時中断し、中国の全土が戦火に包まれたのでした。

朱子が生まれたのは、その戦火の余儘がまだくすぶっていた時期です。

この靖康の変の後遺症が、朱子の前半生に大きな影を落としているのです。

約二百年前、大唐帝国が滅亡するのと時を同じく、中国の北方の異民族である契丹が独立して
という国を建てました。

西暦でいえば919年のことです。

その領土は蒙古を中心にして、東は現在の東北地方、すなわち旧満州にまで及び、さらに中国の北方領土であった雲燕十六州、すなわち現在の首都北京がある河北省の北部一帯までも手中に収めており、その勢力は中国を圧迫しました。

この遼の支配下に
女真という部族がおり、満州北方の松花江の沿岸地方に居住していました。

この女真族は永いあいだ、被支配民族として遼の圧政に苦しんできましたが、それがかえって部族の団結を促す結果となり、また阿骨打という傑出した領袖に恵まれたこともあって急速に力をつけました。

北宋の徽宗のころ、独立して金という国を建て、北宋の政府と同盟関係を結ぶまでに成長しました。

金という国号は、女真族の居住地が砂金の産地として有名であったことにちなんだといわれています。

北宋の政府が新興の金と同盟を結んだのは、金の力を利用して、強敵の遼を打ち倒そうとしたからです。

そのもくろみはみごと成功し、遼は、宋金の同盟軍によって挟撃され急速にその力を失ってきました。

ところが、それを良いことにして、宋の政府はしばしば金に対して条約違反を行なうようになりました。

こともあろうに同盟国である金の軍隊に奇襲攻撃を仕掛けるというようなことまでしたのでした。

宋の政府の度重たる背信行為に腹を立てた金は、1125年、独力で宿敵の遼を打ち倒しました。

その余勢を駆って中国の本土に進攻を開始し、その翌年、すなわち
北宋の最後の皇帝である欽宗の靖康元年(226)には、北宋の首都開封を陥れ、宋の王室の財宝を根こそぎに略奪しました。

その上、欽宗とその父親の徽宗をはじめとして、公妃王族など数千人を捕虜にして北満の地に連れ去ったのでした。

これが世に
靖康の変といわれる惨劇のあらましです。

これで約150年間続いた宋の王朝は、一時中断することになります。

欽宗の弟に康王という人がいました。

この事変が起こったとき、たまたま外出していて危うく難を逃れました。

群臣たちはこの康王を推して帝位につけ、年号を建炎と改めて、宋の王朝を再興しました。

これが
南宋初代の皇帝の高宗です。

高宗が即位したのは商郎(河南省)でしたが、その後も金軍の進攻はやまず、結局、宋はその国土の北半分を金に奪われることになりました。

そこで、やむなく南方の臨安(漸江省杭州)に都を移し、一時中断した宋の王朝を再興したのです。


開封に都があった時代を北宋といい、臨安に都のあった時代を南宋といって区別しています。

なお、臨安のことを当時の人たちは行在と呼びました。

それは臨安を、あくまでも天子の行幸先の臨時の宿泊地であるとし、いずれ近い将来、中国民族の故郷である中原の地を奪回するという悲願をこめたものです。

かくして宋の王朝は、かろうじてその命脈を保つことができたのですが、最初の数年間は、金との対応に迫られて、内政にまで手が回らず、そこに政治的な空白状態が生じました。

そのすきに、従来から宋王朝の収奪に苦しめられてきた地方の農民たちが暴徒と化し、各地で暴動を起こしました。

特に、当時朱子の家族が住んでいた閲、すなわちいまの福建省は暴徒の巣窟となっていました。

朱子が生まれたのは、その騒乱の最中のことでした。

中国の人と思想8「朱子」 佐藤仁著 集英社刊より







朱子学に染まらなかった日本

朱子学と韓国のキリスト教




朱子学に染まらなかった日本 - 井沢

韓国の千ウォン札には李退渓(1501〜1570年)の肖像が描かれていますが、朱子学を完成させたのが李退渓ですね。

私は李退渓が朱子学を完成させたことは朝鮮民族にとって非常に不幸なことだったと思っています。

朱子学が生まれた南宋時代というのは、中国が北方の異民族からさんざんいじめられ侵略されて、その反発から外国人を非常にバカにするとか、自分たちの文化こそ唯一だとか、そういう考えに凝り固まった時代です。

その時代に完成された、まさに自己中心的で、他の文化を認めない朱子学というのが、より朝鮮半島で強化されてしまった部分がある。

だからそれは非常に気の毒だと思うのです。

余計なお世話と言われるかもしれないけれども、韓国人としては千ウォン札に載せて誇るようなことじゃないだろうと思っています。

日本に朱子学が入って、日本の学者たちも朱子学を勉強するわけですが、完全には染まらなかったですね。

日本には朱子学を批判する学派がいろいろあったということです。

それでも朱子学の影響が少なくなかったことは事実です。

たとえば、江戸時代の士農工商という価値の順列は朱子学の完全な影響ですね。

それまで日本人は商行為をけっして不純なものだと考えていなかったけれども、江戸時代に朱子学の影響で、とくにエリート間では商人のやること、商売とか貿易といったことは卑しいことだと考えられるようになってしまいました。

それで江戸幕府は、中国の明と同じでしたけれど、農業重視、商業蔑視の政策をとったわけです。

それが後に返す刀のように降りかかってきて、最終的に国際貿易時代、つまり黒船の時代になったときに没落していくわけです。

朱子学の影響もかなり強かったけれども日本は朝鮮半島ほどには、骨の髄まで染みこむほどには、朱子学に染まることはありませんでした。


朝鮮は、朱子学一本で国家国民を統括した - 呉

日本と朝鮮の国民性が決定的に違ってしまった最大の要因が朱子学にあると思います。

李氏朝鮮以前の高麗王朝の時代は仏教国でしたが、李氏朝鮮は仏教を弾圧して朱子学を中心に国づくり、社会づくり、倫理づくりをしてきたわけです。

李氏朝鮮は、1392年から1910年まで、ほぼ日本の室町時代(1336〜1573年)から明治時代までに相当する約500年間続きました。

仏教を排除し、陽明学などの儒教の別派も排除し、朝鮮は朱子学一本で国家国民の全体を統括してきました。

朝鮮全土を朱子学という巨大で単一な文化ローラーで余すことなく圧し固め、見事なまでに均一にならしていったんですね。
とくに、朱烹の『文公家礼』(冠婚葬祭の手引書)を厳格な制度として移植し、朝鮮古来の礼俗や仏教儀礼を徹底的に儒教式に改変してしまったことが大きいと思います。

そのため、伝統的に各地で展開されていた多様な文化も習俗も一律、朱子学に基
づいた倫理・価値観の型枠にはめ込まれていきました。

国家ぐるみの朱子学への総宗旨替えが行なわれたと言っていいでしょう。


寺院を破壊した朝鮮 - 井沢

ところが日本の場合は・儒教・朱子学が入っても、仏教もなくならないし、神道もなくならないぞれどころか、いろいろな宗派・学派が派生して広がっていくでしょう。

朝鮮の場合は朱子学に一元化されていく、鍋料理で言うとわかりやすいですね。

日本の場合は同じごった煮の鍋でも、具材は鍋の中に別々に並べられていてその形が残っています。

それが朝鮮半島では、全部ごちゃごちゃに混ぜて溶かしてしまい、一つのスープ、朱子学スープになってしまった。

高麗時代には立派なお寺があって、国教的な地位もあったんですが、朱子学からすると仏教というのは迷信なのです。

日本の朱子学者も仏教は迷信だと言っていますが、大きな声にはなりませんでした。

江戸侍代の公式学問は朱子学でしたが、だからだといってお寺を破壊するなんていうことはしませんでした。

明治初期には神道優位の考えから、いくらかおかしくなって一部の破壊が行なわれることもありましたが、朝鮮ではそれどころではない大規模な破壊をやってしまったんですね。

すさまじい仏教の弾圧・排除が行なわれた - 呉

そうです。

李氏朝鮮時代初期には、まだ全国に一万以上あった寺院でしたが、15世紀末にはその大部分が破壊・廃棄されました。

もちろん仏像も破壊されたんですが、発掘された仏像を見ると、耳が切れていたり、目に穴が空けられていたり、いかに悲惨な弾圧を受けたかがわかります。

それで寺院の寺田・所有地・奴卑はすべて没収され、憎侶はソウルに入ることを禁止されました。

また僧侶の身分は最も低い賎民の一つとされました。

それで国家の保護管理下に置く寺院を240に限定したんですが、やがてはわずか18に限定し、宗派も12宗派から7宗派へ、2宗派へと限定・統合させられ、最終的には禅門の曹渓宗だけが厳しい国家管理下に残されました。

それも平地のお寺は全部破壊して山の片隅へと追いやり、国家鎮護を祈ることでかろうじて存続を許されたんです。

曹渓宗では参禅、お経の黙読、念仏以外に、日本の禅宗とは違って呪文・呪術も修行として行なっています。


万物平等主義の仏教を否定する儒教の自然観 - 呉

仏教は万物平等だから万人平等です。

これでは専制君主と高級官僚を普通とは違う特別の人間とする考えは保てません。

しかも殺生を戒める平和主義ですから、朝鮮半島のように侵略が絶えない地域では、外敵に対して国家が一つとなって対抗できる哲学にはなりえません。

一方、儒教は自然の秩序をそのまま人間の制度に当てはめていきます。

ただ、自然の秩序とはいっても、日本人が考えているようなものとはまるで違います。

儒教、特に朱子学の自然観は、「自然の頂点に立つ人間中心の世界観」だと言ったらいいと思います。

この世界観は古くからの天命思想を受けたものです。

天命とは「天があたえた白然の秩序(規範)=命」のことです。

この自然の秩序は、人間を頂点とするさまざまな獣、鳥、昆虫といった生き物たちの階層秩序としてあり、人間界の秩序もそうした階層秩序としてあるのが天命にかなったことだというのが儒教の考えです。

その人間界の秩序の頂点にあるのが天子であり、人々はその下に階層や身分や役割をもって序列づけられます。

儒教は人間界のあるべき秩序を、そのように「自然界全体の階層秩序の再現」とみなすことで、国王による政治的な統治の正当性を思想的に根拠づけています。

人間が自然界の最頂点に置かれ、その下に動物の哺乳類、鳥類、魚類、昆虫などに至るまでの段階があるわけです。

植物はその中に入りません。

日本の場合は、植物にまで人間と同じ魂が内在するという発想でしょう。

儒教からすればこれは未開人の迷信以外の何ものでもありません。

いくら何千年も生きている樹木が立っていようと、それは命あるものではないという考え、価値観ですから、大事にしようという発想は出てきません。

日本は植物どころか岩のような鉱物にまで魂が宿っているという感覚で拝んだりしますね。

そんなことをしていたんでは、朝鮮半島のような国は守れないわけです。

万物平等、人間みな平等では、この国を保つことはできない。

だから、きちっとした縦社会としての秩序を作ります。

そのトップには王様がいて、官僚がいて、民衆がいて、賎民がいて、と階級を作っていく。

家族の中でもお父さんをトップに厳しい上下の秩序を作っていくわけです。


森を支配、征服していくのが儒教の文明 - 井沢

なるほど、実によくわかります。

「怪力乱神を語らず」、つまり理性では説明がつかないような不思議な存在を語るのは無知迷妄の輩のすることだ、というのが儒教ですものね。

日本の神社へ行くと、ご神木で樹齢500年とかの古木がありますが、そういうのは韓国にはないんですか?

韓国にだって田舎のほうに行けば、森があるし大きな木もあるでしょう。

そういう所に人々が集まってくるという話は聞きますが、いまのお話からするとそれを拝むということはないんですね。

森と共存するのではなくて、森を支配、征服していくのが文明だということのようですが、そういうところは西洋文化によく似ていますね。


天に最も近いのが人間 - 呉

まったくそうなんです。

民間信仰としては韓国にも日本と似たようなものがありますが、日本のように文化の中心にまで入り込んでいるものではなく、文化的な辺境で細々と命脈を保っている、という感じです。

そんな迷信を信じるのは、教育を受けていない無知な者だと言われるだけのことです。

人間にとって必要であれば、どんな樹木だろうと切るべきあり、むしろスパッと切ることが人間の強さだということになります。

なんだか畏れ多いとか迷信に負けてしまったのでは、人間の発展がない。

キリスト教では神様が万物を次々に創られていって、一番最後にご自分の姿に似せて人間を創られたと言われます。

ですから、人間は白然の中で最高の存在だということですが、儒教でもそうです。

韓国人にキリスト教が受け入れられやすい理由は、そういうところにもあると思います。


なぜキリスト教人ロが多いのか - 井沢

なるほど、韓国ではキリスト教がとても盛んですね。

キリスト教徒は人口の40%を超えていると言われます。

なぜ韓国ではそれほどキリスト教人口が多いのか、とても不思議です。

どうしてかというと、キリスト教には「たとえ貧しい身なりをしていても、心が美しければいい」といった思想がありますが、韓国のキリスト教はそうした思想の影響を受けなかったんだろうかと思うからです。

受けたのならば、ファミリー優先の世界というのがなくならなければ本当はおかしいわけです。

毎日曜日にはちゃんと教会へ行くのだからキリスト教徒だとはいっても、現世利益を求めるファミリーの汚職がなくならないのは、やはり朱子学が連綿として生き残っているからだと思います。

朱子学というのは現世の幸福を目指すエリートの学問です。

たしかに現世の幸福、福禄寿でしたか、幸福とお金と寿命を重んじます。

けれども、そのためにこの神様に祈ればいいという考えは儒教、朱子学にはなくて、中国の場合は主に道教ですね。

日本にもそういう神様は七福神などいろいろあったのですが、朝鮮にはそういう民衆のための宗教というのはなかったんですか?


「犬のように儲けて両班のように使う」- 呉

儒教は徹底した現世主義です。

どういう現世主義かというと、高い徳をもって品位ある生活を送ることを人生最大の目的とする現世主義です。

ですから、富とか職業というのは、そうした人生の目的を達成するための、現実的な手段にすぎません。

ところがこれは現実からすると逆説であって、実際には高い徳をもって品位ある生活を送るためには、富を手にすることがなんとしても必要だということなんです。

そこから韓国でよく言う「犬のように儲けて両班のように使う」という言い方が出てくるんです。

「汚く儲けてきれいに使う」ということですが、つまりは「高い徳をもった人となって世のため人のためにお金を使つのだから、そのためにはどんなに汚い儲け方をしてもかまわない」ということなんです。

だから不正に平気で手を染めることができるわけです。

不正を合理化する現世主義のもとで、現世利益を肯定する考えが上から下まで行き渡りますが、一般庶民は実際には不正で儲けられるようなチャンスなんてまずありません。

どうするかというと、巫女さんを通してどうすれば利導得られるか、神様に祈ってお伺いを立ててもらうことになるわけです。

要するに祈祷や占いですね。

とくに占いはものすごく盛んでした。

今のソウルの街にも、「占いします」のカンバンが所狭しと立ち並んでいる一角があります。

ですから、民衆の現世利益信仰の部分を引き受けていたのは、古くからのシャーマニズムと中国の道教系で伝わった占術や風水といった民間信仰ですね。

しかし儒教国家の李氏朝鮮は、これを迷信だと言って禁止していました。


現世利益を求める韓国のキリスト教徒 - 呉

ではキリスト教はどうかといいますと、韓国のキリスト教会は圧倒的にプロテスタントの一派である福音派教会で占められています。

福音派が人々に訴えたのは「キリスト教の神様は祝福の神様です。限りない福を私たちに与えてくださる神様です」ということでしたので、とくに朝鮮戦争で国全体が疲弊していた時代に人々がこれに飛びついたんです。

まず病気を治してくださる神様だという評判が立って、神様にお願いしたら本当にお金が入ってきた、子どもを授かったという評判が広がり、この神様は私の願いに応えて祝福を与えてくださるということで、福音派教会は爆発的に入信者を増やしていったんです。

そうなると、ほかの派も福音派の影響をだんだんと受けていくようになります。

れでは「隣人愛」はどうなるのかといいますと、自分が祝福を受けて生活に余裕をもつことができてこそ、本当に隣人を愛することができるようになるんだと、そう解釈していくわけです。

この解釈は先にお話ししたように儒教の現世主義そのものですね。


キリスト教ならば迷信と言われる恐れはない − 井沢

もともと現世利益を求める土壌があって、でもそれが弾圧されていて、迷信だとバカにされていたので、おおっぴらに現世利益を求めにくかった。

そこヘキリスト教が入ってきて、現世利益を求める人々を対象に普及を始めた。

キリスト教ならば迷信と言われることはないので、一気にそういう現世利益主義キリスト教が広がっていった。

そういうことなのですね。

日本だと七福神にお参りしたり、観音様に長寿をお願いしたりすることがありますし、中国でも道教があります。

李氏朝鮮ではどうしていたのかと思っていましたが、ようやくわかりました。

弾圧されていたけれども地下に潜るような形で民間の現世利益信仰はいきていた。

だからそれが、福音を与えてくれる神様ということで、一気にキリスト教と結びついていったんですね。

これも、やはり儒教のもたらした弊害の一つだと言えるのではないかと思います。

困った隣人 韓国の急所 井沢元彦・呉善花著 祥伝社新書刊より

朝鮮儒学の巨匠たち






朱 子 学 批 判

伊藤仁斎・荻生徂徠・古義学





伊藤仁斎や荻生徂徠は、朱子学に対する批判として「古学」という思想を成立させた。

幕末・維新を動かした原動力である壌夷論の源流は、古学という江戸時代における儒学の一学派と思われる。

開国や維新の前後で断絶しなかった日本の思想的伝統の水脈だということなのかもしれない。




朱子学の基本的な教義について、特に仁斎や徂徠が批判の焦点を当てた側面を中心に、簡単に述べておきたい。

朱子学は、宇宙論から人性論さらには人間規範までに及ぶ一大理論体系である。

その壮大な体系をごく簡略化するなら、次のようなものとなる。

まず、宇宙万物の究極の根源には、「太極」という原理があるとする。この太極から陰と陽の二つの「気」が発生する。

その陰陽二気の変化によって水火木金土の五行が発生し、四季の移り変わりなど自然の現象が形作られる。

太極は宇宙万物を超越した究極の「理」であり、万物がもつ「気」の発生の根拠であるが、他方で、「理」もまた「気」と同等に、万物に内在する。 

万物が有する「理」と「気」は、次のような違いがある。

「理」が物の「性」を決定し、「気」は物の「形」を決定する。

「理」が決めるのは「本然の性」と呼ばれ、「気」が決めるのは「気質の性」と呼ばれる。

万物は平等に「理」をもっているのであるが、「気」の受け方は個体によって異なるで、個体差が現れるというのである。

例えば、人間も「理」に支配された自然の営みの一部であり、人間も他の動物も等しく「理」を持っている。

しかしながら、人間は動物の中でも最も優れた「気」を受けているので、他の動物より上位の「万物の霊長」なのであるとされる。

こうして、世界におけるあらゆる現象が、「理」と「気」の結合として理解されるのであるが、ポイントは、根源的なのは
「気」ではなく「理」であるということである。

「理」と「気」によって説明されるのは、自然現象や、人間と他の動物との違いだけではない。

人間の間の優劣も説明されるのである。

人間は等しく「理」を有している。人間の内に本来存在している「理」は、絶対的な善性である。

しかし、潜在的には、誰もが「理」(「本然の性」)を有しているのであるが、人間の 「理」のまわりには「気」(「気質の性」)が覆っている。

その
「気」が個人によって違うのである。 

気から、情念や欲望が生まれる。通常の人間は、与えられた気が混濁していて、情念や欲望が発生し、それが人間の根源的な本質である「理」を覆って曇らせている状態にある。

そこから、人間悪が発生するのである。

これに対して聖人は、与えられた気が清く澄んでいるので、「理」がはっきりと発現している。


人間の善し悪しは、その「理」を覆っている「気」の清濁の差である。

したがって、情念や欲望を改善して、理を顕在化させることができれば、人間の毒が実現するはずである。

こうして、自然法則であった「理」と「気」の理論(物理)は、「人間は、かくあるべし」という規範の理論(道理) へとつながっていく。

情念や欲望による混濁を振り払い、「気質の性」を改善して「理」あるいは「本然の性」を回復するためには、どうすべきか。

一つは、純粋な内省によって「本然の性」を直観する精神修養(「守静持敬」「居敬静坐」)であり、もう一つは事物の理を窮める知的探求(「格物致知」)である。

こうして、欲望を滅却して「本然の性」を回復し、世界の原理を窮めた時、その人は聖人となることができる。

このように、朱子学は、「理」という一つの原理で、自然現象から人間性、さらには人間規範までを一気通貫で説明する強力な理論体系であり、そして極めて合理主義的な性格をもっているのである。

日本思想史新論 中野剛志著 ちくま新書刊より


朱子学と合理主義

合理主義を近代固有の思考様式とみなす通俗的な見方からすれば、封建社会のイデオロギーである朱子学が合理主義的であるというのは、違和感を覚えるかもしれない。

陰陽五行説など、荒唐無稽な前近代的迷信に過ぎず、むしろ合理主義の対極にあるように思われるかもしれない。

そこで、「合理主義」とは、どのような思考様式であり、朱子学がどういう意味において合理主義と言われるのかを整理しておきたい。

「合理主義」とは、簡単に言えば、「世界を支配する根本原理を発見できる理性の力を信じ、その理性が発見した(とされる)原理に基づいて、現実の世界を理想的なものへと改変できる」と考える思考様式のことである。

そのような合理主義の思考様式は、確かに近代世界において支配的な影響力を及ぼしてきた。

例えば、近代の政治経済学について言えば、かつて、マルクス主義者たちは、マルクスの理論が発見した歴史の法則に従って、理想の共産社会を建設しようと、革命を企てた。

あるいは、主流派(新古典派経済学の経済学者に代表される経済自由主義者もまた、数学的抽象論理が導き出した市場の公理系を根拠として、個人主義的な人間規範を唱道し、民営化や規制緩和などの改革を提言し、実行を促してきた。

つまり、
共産主義者も市場原理主義者も、理性が発見したとする原理や法則の内容が違うというだけで、理性の力のみによって世界の公理や法則を発見し、それらに従って現実の世界を理解し、さらには改造しようとしているという点では、同じ合理主義者なのである。

このマルクス主義や主流派経済学の公理や法則を、朱子学の陰陽五行説に置き換えてみさえすれば、朱子学の思考様式もまた、まぎれもなく合理主義であることが分かるであろう。

実際、江戸時代の蘭学者たちは、西洋の科学を、朱子学における「窮理」、すなわち「理」を探求する学問として理解していた。

近代科学の合理主義は、朱子学の合理主義と通底するものとして受け止められたのである。

一見すると、朱子学が近代科学にも通じる合理主義なのであれば、朱子学こそ、近代的な国家戦略にふさわしい思想であるかのように見える。

実際、合理主義こそが国家戦略に必要な思考様式であると考えている人は多いだろう。

しかし、実際には、合理主義が政治や社会に応用されると、実に硬直的で形式的な世界をもたらしてしまうのである。

朱子学が政治と密着して支配的イデオロギーと化した宋代以降の中国や朝鮮が、まさにそうであった。

丸山眞男は、朱子学が、「誰でも本然の性を発揮すれば、聖人になれる」という楽観主義的な側面をもつと同時に、「本然の性に逆らうことは許さない」といぅ厳格主義をもはらんでいたと指摘している。

朱子学では、「人間、かくあるべし」という規範が「本然の性」すなわち自然の原理とされているので、今日我々が言う意味での自然体の感情や欲望の多様性は、自然の原理に反するものとして否定されてしまうのである。

さらに、丸山は、朱子学が動的(行動的)ではなく、静的(観照的)であることに注意を促している。

「本然の性」は不動の究極原理である。

これに対して、「気質の性」ほ、不安定に動き、不確実な情念である。

それゆえ、朱子学は、実践倫理においても、行動よりも観照(「守静持敬」「居敬静坐」)を重視するのである。

こうした「楽観主義」「厳格主義」「静的性格」といった朱子学の特徴は、元をただせば、その合理主義的な思考様式から派生しているのである。

例えば、世界の公理公準を発見し、それに従えば、理想の人間や理想の世界を作ることができるというのは、理性の力に対する楽観主義にほかならない。

また、理性の力によって真理を発見したという楽観主義があるからこそ、その理性が決めた規則への絶対的な服従を強いる厳格主義が正当化される。

そして、「将来を完全に見通すことができる」「世の中に起きた事象をすべて説明できる」という理性に対する楽観主義は、「世の中は不断に動いているのであり、予測不可能・説明不可能な事態が起きうるものだ」という動的な世界観の否定へと傾きがちである。

このように、合理主義が支配する社会とは、変化を恐れ、柔軟性を欠いた無機質で官僚制的な世界なのである。

まさに、マックス・ヴェーバーが官僚制を「理性の鉄檻」と呼んだ通り、形式的で硬直的な社会管理こそが、合理主義の帰結なのである。

この合理主義が帯びる「楽観主義」「厳格主義」「静的性格」は、明らかに、戦略的思考とは対極にある。

国家戦略においては、状況に対する楽観は禁物である。

国家戦略は、予測困難な情勢の変化に柔軟に対処することを求めるものであるから、あらかじめ設定されたルールへの絶対服従を求める「厳格主義」も放棄しなければならない。

また、国家戦略に必要なのは、「静的性格」とは反対に、活動的な積極性である。

要するに、国家戦略に求められる思考様式とは、合理主義に反するものでなければならないということである。

伊藤仁斎や荻生徂徠の「古学」とは、この朱子学の合理主義を根本的に批判し、実践的な学問の必要性を説いた思想の潮流に他ならない。

日本思想史新論 中野剛志著 ちくま新書刊より


伊藤仁斎は、1627年に京都堀川の町人の子として生まれ、1705年に没した。

15歳の頃から儒者になることを志し、朱子学から人ったが、次第に朱子学に違和感を覚えるようになった。

そこで隠棲して学問に打ち込み、30代の中頃になって、朱子学や仏教などから脱出して、自らの学説
「古義学」を打ち立てることに成功した。

京都市井の学者として生涯を通した。京都の堀川に私塾「古義堂」を開き、講義を行い、名声を博した。

その人格は、温和で寛容であったと伝えられている。

その学説は、「仁」を慈愛と解釈し、道徳の最上位に置くものとして知られている。

この京都の温厚な一町人学者の思想が、幕末の激烈な尊王壊夷論の導火線となったのである。

仁斎が創始した古義学とは、学問の方法からして朱干学とは根本的に異なる思想であった。

それは、朱子学の合理主義を拒否し、徹底的に日常経験を重視した実践的な学問であった。

仁斎は、そのプラグマティズムによって、人間が社会的存在であり、そして
社会は動的な「活物」であるという認識に達した。

その人間観と社会観に基づき、仁斎は、「仁」と「義」に基づく実践的な政治思想を論じた。

仁斎は、
「義」を欠落させた「仁」が、現実から乖離した空論の博愛主義に堕することを懸念していたのであり、彼を博愛主義者とみなす今日の解釈は、そのことを見落としているのである。

仁斎は、「仁義」を核とした政治を唱え、「国のため」と「民のため」とが一致した統治を理想としたが、それは「国民」の創出につながりうる政治思想だった。

この仁斎のプラグマティズムとナショナリズムの火種こそが、後の水戸学の尊王壌夷論の発火へとつながっていくのである。

思想家個人の人格が温厚であるからといって、その思想までも穏便なものであるとは限らない。

仁斎の場合も、その学説は、儒学の本場中国における正統教義であり、精繊で堅固な理論体系を誇っていた
朱子学を解体せんとする大胆、かつ独創的なものであった。

仁斎とは、豪胆な異端の思想家なのである。

しかも、仁斎の場合は、単に朱子学とは異なる論語の解釈を提示したというだけではなく、
論語の読み方や読む姿勢まで、朱子学とは異なるものを樹立してしまった。

その意味で、仁斎の創始した古学は、極めて革新的なものであった。

日本思想史新論 中野剛志著 ちくま新書刊より


仁斎は、孔子の言葉の意味を正しく解釈するためには、まず先に、「血脈」すなわち「聖賢道統の旨」を理解していなければならないと言うのである。

つまり、論語を読む前から、論語の真意を分かっている者でなければ、論語を読んでも正しく理解できないということなのである。

しかし、論語を読まないで、どうやって「聖賢道統の旨」を会得できると言うのであろうか。

「どうすれば、最先端の物理学の本を正しく理解できますか」と聞いて、「それは、その本を読む前に、最先端の物理学をマスターしておくことだ」と答えられたら、誰でも面食らうであろう。

日常の生活世界における実践を最も尊重するプラグマティズムこそ、仁斎の思想の到達点である。

「最上至極宇宙第一」である孔子の思想とは、人倫日用、つまり日常生活の世界の中にあるというのである。

言い換えれば、孔子の思想とは、普通に生活している誰もが共有する「常識」のことである。

だから論語は、本来であれば、生活常識をもっている者ならば、誰でも容易に理解でき、納得できるはずである。

論語は、身近な良識や経験知、日常的な感覚の意義を記した書なのである。

ありふれた常識の中にこそ、深遠な真理が含まれているからである。

仁斎は、いくら言っても足りないと言わんばかりに、この「高遠な真理は卑近なところにこそある」という逆説を繰り返し、そこから決して離れようとはしない。

朱子学のような壮大かつ難解な理論体系のような「知り難く行い難く高遠及ぶべからざるの説」は、孔子の本来の思想を大きく逸脱した邪説に過ぎない。

人生経験を積んで、良識を会得していけば、孔子の言葉がおのずと腑に落ちるようになる。

反対に、生活経験や実践感覚に乏しい者が、いくら自身の知能を頼みとして「我より悟を求むる」ようなことをしても、論語を誤読するだけに終わるだろう。

朱子学は、卑近な日常の経験世界は「気」によって曇らされた不純な世界に過ぎないとして軽視し、日常の経験世界を超越したところに「理」が支配する純粋で崩灘な真実の世界があると信じ、それを追い求めようとしている。

そして、その世界は、抽象論理を突き詰めることで到達できると信じている。

朱子学にとって、論語を正しく理解するための判定基準は、「理」によって一元的に説明できるか否か、という抽象的な合理性のみなのである。

こうして抽象的な合理性のみを追い求める知能は、人間社会の生の現実から浮き上がり、日用の世界から遠ざかって、空中楼閣に過ぎない理論体系を築き上げる。

そのような理論は、邪説に過ぎない。

これに対して仁斎は、日常経験の蓄積によって得られる常識や実践感覚を指針として、孔子の言葉を解釈しなげればならないと主張する。

なぜなら、孔子の思想自身が身近な常識や実践感覚だからだ。

仁斎は、朱子学の壮大な体系を支えている合理主義を徹底的に破壊し、それに代えて「生の政治哲学」とでも言うべき実践的な思想を樹立した


日本思想史新論 中野剛志著 ちくま新書刊より

 


伊藤仁斎は、朱子学の壮大な体系を支えている合理主義を徹底的に破壊し、それに代えて「生の政治哲学」とでも言うべき実践的な思想を樹立した。

荻生徂徠の思想は、仁斎による朱子学の合理主義批判を継承し、そのプラグマティズムを徹底させたものであると言える。

それは、理性では解明できず、
言語では表現しきれない経験世界に目を向け、それを最大限重んじるものであった。

人間は社会環境の中での経験や習慣を通じて、一定の行動様式を体得する。

徂徠はこうした人間理解を踏まえて、制度を通じて人間の行動様式を形成することで世を治めるという実践的な統治を唱えた。

その制度の総称が「道」であるが、
徂徠にとって「道」とは、聖人たちが数千年の時間をかけて形成してきた伝統のことである。

また、実践を重視する徂徠は、不確実で動態的な社会の中で政治を行うには、宗教あるいは「聖なるもの」が必要であるとも考えていた。

徂徠は、伝統を重んじ、「聖なるもの」を信じる保守思想家であった。

徂徠は、自らのプラグマティズムを実際の経済問題に適用してみせた。

当時の日本は商品経済化が進み、それが物価の不安定化を引き起こし、また武士階級の経済基盤を動揺させるという社会問題に直面していた。

徂徠は、この未知の問題と格闘し、様々な実践的な対策を提言した。

特に、武士の領地への土着化を提唱し、武士と領民が階級を越えた連帯を強めることを企図したが、これは国民統合にも発展しうる構想であり、後に水戸学にも継承されたのである。

時代の変遷とともに、様々な論者が現れて、おのおの自分の勝手な理解で、形のない社会的事実や規範に名前をつけてしまい、それ以降、先王や孔子が示した「道」が、正確に伝わらなくなってしまった。

「世は言を載せて以て遷り、言は道を載せて以て遷る。

道の明らかならざるは、職としてこれにこれ由る」したがって、先王の道を明らかにするためには、言葉の原義をたどらなげればならない。

徂徠にとって、学問とは、究極的には、語源学の形をとるものなのである。

なぜ、物と名は、時代の変遷とともに乖離していってしまうのか。

それは、自然も人間も「活物」だからである。

この世は、人間と人間、あるいは人間とその周辺環境とが相互に交流している世界であり、それが無限の変動を生み出している。

この世界がどう動くのかは、前もって知ることができない。

先王が示す「道」も無限に変動する活物であり、それゆえ、人間の限りある理性によってすべてを明らかにすることはできない。

「道」とは、実践経験の世界である。

言葉によって言い表されうるのは、広大な「道」の一端だげである。

それゆえ、先王は、論埋ではなく具体的実践を通じて「道」を教えようとしたのである。

聖人の言葉を当時の具体的な社会的文脈に置いて理解しなげればならないという
古文辞学は、社会というものが時間とともに変化し続ける「活物」であるという動態的な社会観の上に立っている。

これは仁斎も同じである。

それゆえ、仁斎も「意味」と「血脈」の解釈学や、「活道理」の概念を提示した。
徂徠は、それをさらに推し進めて、歴史へと向かうのである。

古の社会が、長い歴史を経て変化し、現在の社会がある。

時代が異なれば社会制度も異なる。

それゆえ、古代の社会的事実を知るためには、当然歴史をたどらなければならないが、同時に、現在の社会を知るためにも、歴史を知らなければならない。

この
徂徠の歴史観は、今日においても重大な課題を提起している。

例えば、戦後日本で影響力をもった講座派の歴史学は、マルクス王義の段階論的な歴史発展の理論を通じて、日本の歴史を語る。

それによれば、いずれの社会も、アジア的専制社会、古代社会、封建社会、絶対主義体制と段階を経て発展する。

そして、絶対王義の下でブルジョワ階級が成長して、近代市民革命を遂行して旧支配層を打倒し、近代社会を誕生させる。

そして今度は、ブルジョワ階級と労働者階級が階級闘争を繰り広げ、最終的には労働者階級による社会主義革命が起こり、社会王義社会が誕生する。

講座派は、この図式の下、江戸時代を封建社会とみなし、明治政府を絶対主義体制と位置づける。

そして、日本では、未だ近代市民革命がなされていない未熟な社会であり、これを克服しなければならないと論じるのである。

この歴史観は、段階的発展の「理」を歴史の中に見いだそうとするものである。

朱子学と同じように、合理主義に立って歴史を見ているのである。

講座派は、日本の近代社会としての未熟を嘆きながら、皮肉なことに前近代の歴史書「通鑑綱目」とまったく同じ過ちを犯しているというわけだ。

この「日本は、前近代的な遺制を色濃く残した未熟な社会である」というストーリーは、今日もなお、世間一般に、通俗的歴史観として強い影響力をもっている。

この「旧体制を破壊して、新しい世の中を創造する」ストーリーにそぐわない歴史上の人物は無視されるか、失敗者や悪役として登場させられる羽目になる。

そして、矛盾や悲喜劇をはらむ歴史の生き生きとした多様性は、排除されてしまうのである。

日本思想史新論 中野剛志著 ちくま新書刊より

儒者―日本人を啓蒙した知の巨人たち







近 思 録 ・ 朱子学の精髄

日本人の教養の根幹



「近思録」は、朱子学の精髄と位置づけられる名著で、朱子学の入門書として広く読まれ、日本人の教養の根幹となった古典の一つです。

「朱子学」と聞いて、それを「封建主義道徳」だと思うかもしれません。しかし、それは誤解です。

朱子学は個人の自立をめざしていますから、この混迷した時代を迷うことなく生きていけるようになれるのです。

福田晃市(ふくだ・こういち) 
道学者=ふくらサイト:中国兵法の総合サイト「中国兵法」 www.geocities.jp/fukura1234

福岡県に生まれる。大学では政治学、大学院では教育学を学び、そのかたわらで中国の古典を学ぶ。教育関連の仕事にたずさわりながら、仕事や人生に役立てるために中国の古典の研鑚を積んでいる。
主な著書に「基礎からよく分かる『近思録』」(明窓出版)、『100の〈兵法の法則〉がマンガで3時間でマスターできる本』(明日香出版社)、『超要点解説とキーワードでわかる・使える孫子の兵法』、『超要点解説とキーワードでわかる・使えるはじめての論語』(以上、ソフトバンククリエイティブ)、『もうひとつの「孫子の兵法」』(PHP文庫)などがある。

福田晃市氏は、古為今用…古人の知恵を新しい社会の発展に役立てるという理念の下に、人生につきまとう困難に打ち勝つ手段を中国の兵法から学ぶという目的で、経世済民事業をライフワークにしています。

2008年度より
SBI大学院大学で朱子学の講義を担当。

中国兵法の総合サイト
「中国兵法」をご覧下さい。

以下の朱子学入門(近思録)は上記サイト「朱子学の部屋」- 朱子学を学びたい人のために - の全文です。


はじめに

私たちは、あたりまえのことですが、現代的な考え方をしています。

しかし、
現代的な考え方は、朱子学的な考え方と違っています

ですから、現代的な考え方しか分からずに『近思録』を読むなら、『近思録』をより深く理解することはできません。

これは、たとえば、キリスト教的な考え方しかできない人が、イスラム教の説法を受けても、それについて正しく理解できないようなものです。
 
そこで、ここでは、朱子学的な考え方について、そのあらましについて述べてみようと思います。

その構成は、


「一、朱子学における存在」

「二、朱子学における人間」

「三、朱子学における人生」

「四、朱子学における学問」

「五、朱子学における教育」
です。

もちろん、これだけで朱子学のすべてを述べつくせているとは言えませんが、しかし朱子学的な考え方の基本はおさえることができるでしょう。

では、さっそくはじめましょう。

朱子学 (講談社選書メチエ) 


朱子学入門(近思録)

一、朱子学における存在

1.理気二元・存在は理と気からなっていること
 
私たちが生きている世の中には、たとえば、人間もいれば動物もいるし、大陸もあれば惑星もあるというように、いろんな存在があります。

朱子学では、それらの存在はすべて理と気からなっているとしています。

このことを「
理気二元」と言います。

とは、たとえば「それは理にかなっている」とか、「Aさんにも理がある」とか言うときの「理」です。

その理は、形而上のものであり、宇宙(人間をふくめて万事万物)の設計図としての役割をしているとされています。

哲学的に言うなら、
万事万物のあり方を規定しているもの、それが理です

つまり、理とは、その存在をその存在としてあらしめているもの、すなわち存在のもとです。

よく分からない読者は、とりあえず「
理とは、法則や精神のようなものだ」と理解されてください。

なお、
理は別名を道と言います。(注│「理をまとめて言うと道になり、道をくわしく言うと理になる」とされています)。

その道とは、たとえば「人の道にはずれている」とか、「ひとりわが道を行く」とか言うときの「道」で、簡単には「人として本当に大切なこと」や「物事の本来あるべきありよう」のことです。

とは、形而下のもので、宇宙(人間をふくめて万事万物)の材料としての役割をしているとされています。

また、
気は、理を表現するためのものでもあります

分かりにくい読者は、ひとまず「
気とは、物質的なものだ」とお考えください。(注│気は別名、器と言われたり、形と言われたりします。)

そんな気(材料)には、
陰と陽の二種類があります。

簡単には、陽は「動かす力」であり、陰は「固めるもの」です。

そして、それら陰と陽という二種類の気から、
木・火・土・金・水の五行が生まれてきます(一気→二気→五行)。

陽のなかでも強い陽は火となり、陽のなかでも弱い陽は木となり、陽と陰が半々のものは土となり、陰のなかでも強い陰は金となり、陰のなかでも弱い陰は水となるわけですが、それら五行の間には、相生と相克という二つの関係があります。

相生の関係とは、木は火を生み、火は土を生み、土は金を生み、金は水を生み、水は木を生むという関係です(木→火→土→金→水→木)。

相克の関係とは、木は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝つという関係です(木→土→水→火→金→木)。

それら陰陽五行の気の様々な組み合わせによって、万事万物が形作られていきます(注│ここに述べたような考え方を
陰陽五行説と言い、それは中国の伝統的な考え方であって、朱子学独自の考え方ではありませんので、ご注意ください)。もちろん、それらのもとには、理があります。

以上のように、存在に関して言うと、朱子学では「宇宙(あらゆる存在)は、その設計図である理にもとづいて、気を材料として形作られている」と考えています。

ちなみに、目的と手段の関係にわけて言うと、理は存在の目的で、気は存在の手段です。

2.理先気後

存在は、理と気からなっていて、それらはともに存在にとって不可欠な構成要素です。

しかし、理と気は、存在において対等な関係にはありません。

それらの間には、「理が先で、気は後だ」という
先後関係があります。

すなわち、因果関係で言うと、
理は原因であり、気は結果です。

また、体用関係で言うと、
理は本体であり、気は作用です。

また、主従関係で言うと、理は主となるものであり、気は従となるものです。

また、本末関係で言うと、理は本であり、気は末です。

理と気の関係は、そのようになっているのです。このことを「
理先気後」と言います。

とどのつまり、この「理先気後」とは、「気があれば必ず理がある」「理がなければ気はない」ということです。

たとえば、どんな自然現象にも、その背後には必ず何らかの法則があるように、「気があれば必ず理がある」ものです。

また、たとえば、原子力機関の理論(設計図)がなければ、実際に原子力機関を製作することはできないように、「理がなければ気はない」ものです。

3.顕微無間・体用一源

理は、形而上のものであり、存在の設計図であり、気よりも先にあるものです。

気は、形而下のものであり、存在の材料であり、理よりも後にあるものです。このように、理と気とは互いに異なっています。

しかし、理も、気も、ともに一つの存在であるという点では、分けることのできないものです。

このことを「
顕微無間」「体用一源」と言います。

これは要するに、「理だけでは決して存在だとは言えないし、気だけでも決して存在だとは言えない。

理と気とがそろってはじめて存在だと言える」ということです。

なお、このような考え方は、朱子学独自の考え方ではなく、たとえば「西洋医学では心と体とを分けて考えるが、東洋医学では心と体とを一つのものとして考える」と言われるように、東洋の伝統的な考え方の一つです。

4.理一分殊・万物一体・みんなが自分であること

朱子学では、「すべての存在は、もともと一つである」としています。このことを「理一分殊」「万物一体」と言います。

くわしく言えば、「理一分殊」とは、「たとえば人には人の理があり、物には物の理があるというように、世の中にはいろんな理があるけれど、それらは渾然一体(すべてが一つ)になっている」ということです。

また、「万物一体」とは、「私たち存在は、表面的にはてんでばらばらだけど、
根本的にはみんな一つになっている」ということです。

ですから、朱子学では、理にかなった生き方をしている人は、おのずと「みんなが自分である」という意識(万物一体感)をもつようになるとしています。

ただし、このことは、たとえば朱子も「伊川の『語録』のなかにある仁者は、天地万物をもって一体とする?という説明はとても意味深長で、とらえどころがありません」(『朱子語類』)と言っているように、言葉の上での理解は簡単でも、真に理解することは難しいのかもしれません。

5.太 極

理は、存在のもとです(「理先気後」)。

そして、理においては、すべてが一つになっています(「理一分殊」「万物一体」)。

ですから、理とは、万物の根源であり、宇宙の根本であるということになります。

そして、万物の根源・宇宙の根本としての理は、特に太極と呼ばれたりもします。

無極而太極(無極にして太極)と言われることもあります。

6.まとめ

最後に、朱子の言葉を引用して、まとめにします。

「天地の間(この世)には、理があり、気があります。理は、形而上の道で、存在を生じる本です。

気は、形而下の器で、存在を生じる 具 です」(『朱子文集』)。



朱子学入門(近思録)

二、朱子学における人間

1.人間の基本構造

ここでは、人間を朱子学的な観点にそって分析してみましょう。

人間は、心と体に分けることができます。両者の関係はと言うと、「心は一身を主宰するもの」という関係にあります。

つまり、「体が心を動かすのではなく、心が体を動かすのだ」ということです。

なお、理気で言うと、体は気で、気質とも言います。

人間の心は、さらに心の本体と心の作用とに分けられます。

そして、心の本体を
と言い、心の作用をと言います。

両者の関係はと言うと、性から発してくるものが情であり、性が動くと情になるとされています。

たとえば「今日はいい天気だな」と思ったり、「気持ちいいなあ」と感じたりすることなどが情です。

そして、そう思ったり、そう感じたりしている主体が性にあたります。

なお、理気で言うと、性は理で、情は気です。

朱子学的にみると、人間は以上のように分析できるわけですが、しかし「人をみるときには、心(性・情)と体をまとめて全体的にみなければ、正しくみることはできない」ということを見落としてはなりません(「顕微無間」「体用一源」)。

2.二種類の性│本然の性と気質の性

(1)二種類の性について

朱子学では、理にもとづく性のことを本然の性と呼び、気にもとづく性のことを気質の性と呼んで、二種類の性を考えています。

本然の性とは、やさしさや知性などといった、いわゆる人間性(人間らしさ)のことです。

天地の性とも言います。

気質の性とは、たとえば性欲や食欲などといった、いわゆる動物的本能のことです。
 
ただし、単に性という場合、それは本然の性のことを言っています。

そして、その性については、性即理、性善説、五常といった関連事項があります。

それに関しては、次に述べるとおりです。

(2)性即理

朱子学では、「性=人間の本性・本当の自分」と「理=万物の根源・宇宙の根本」とは同一のものであると考えています。

このことを「性即理」と言います。

数式で表すなら、「性=理」というふうになります。

ところで、「性=理」なのですから、「性にあった生き方」をしていれば「理にかなった生き方」ができるし、「理にかなった生き方」をしていれば「性にあった生き方」ができるということになります。

なお、「性にあった生き方」とは、「自分にふさわしい生き方」のことです。

また、「理にかなった生き方」とは、「客観的にみて正しい生き方」のことです。

(3)性善説

朱子学は、性善説の立場に立っています。

性善説とは、人間の本性は善であるとする説のことです。

ですから、朱子学では「人間は、本当の自分に戻れば善人になるし、本当の自分を失えば悪人になる」と考えます。
 
ところで、世の中には、性善説と言うと、それを「世の中に悪人が一人もいないこと」と誤解する人がいます。

しかし、本当の自分を失えば悪人になるわけですから、性善説であっても悪人の存在を認めます。

このことを見落としてはいけません。

(4)五常

朱子学では、人間は生まれながらにして 仁 ・ 義 ・ 礼 ・智・ 信 を本性としてもっているとします。(注│優しく、正しく、ほどよく、知恵があり、真実の人、それが本当の自分の姿なのです)。

そして、それら仁・義・礼・智・信の五つのことを五常と言います。

ただし、五常の信は、仁・義・礼・智の四つが真実なものであり、でたらめなものではないということを表すものなので、別に言わないなら言わなくてもよいとされています。

では、仁・義・礼・智とは、どんなものなのでしょうか。

次に、それらについて、簡単にみていきます。

仁とは、温和慈愛の道理で、「愛の理、心の徳」とも言われています。

仁を体現している人は、愛のある人となります。

みんな(自分と他者)を大切にできている人は、仁の人であると言えます。

また、仁は自然にあっては元(始源)と言われ、それは万物の生命をつかさどっています。

たとえば、植物の種から芽が出るのは、元(仁)のはたらきによります。
 
義とは、断制裁割の道理で、「心の制、事の 宜」とも言われています。

義を体現している人は、宜しい人となります。

必ず理を通す人は、義の人であると言えます。

また、義は自然にあっては利(妥当)と言われ、それは万物の収穫をつかさどっています。

植物の実がなるのは、利(義)のはたらきによります。

礼とは、恭敬礼節の道理です。

礼を体現している人は、 恭 した人になります。

たとえば、行いに節度のある人は、礼の人であると言えます。

また、礼は自然にあっては亨(順調)と言われ、それは万物の成長をつかさどっています。

たとえば、植物が育つのは、亨(礼)のはたらきによります。
 
智とは、是非弁別の道理です。

智を体現している人は、分別のある人となります。

善い悪いをきちんと判断できる人は、智の人であると言えます。

また、智は自然にあっては貞(完成)と言われ、それは万物の貯蔵をつかさどっています。

たとえば、植物の実が種になるのは、貞(智)のはたらきによります。

ちなみに、『易経』によると、「元は善の長であり、亨は嘉しきの会まりであり、利は義しさの和よいものであり、貞は物事の根幹である」とされており、この
元亨利貞を文章として読むと「元いに亨る。貞しきに利し」となり、それは「万事順調に行く。

正しくしていればよろしい」という意味です。

(5)天理と人欲

朱子学では「本然の性が気質の性よりも優位にあるときには、その人は天理の体現者(善人)となる。

しかし、気質の性が本然の性よりも優位にあるときには、その人は
人欲のとりこ(悪人)となる」と考えています。

天理とは、人が生まれながらにもっているすぐれた本性(徳性)で、また、自然のありようを決定づけているもの(道理)です。

基本的には、天理は性や理と同じものです。

また、人欲とは、人を私利私欲にはしらせる原動力となるもの(欲望)のことです。

価値的には、天理は善で、人欲は悪です。

ところで、
人欲が悪であっても、気質の性は必ずしも悪ではないということに注意してください

たとえば、あたりまえのことながら、人間には食欲や性欲があります。

そして、食欲は人間が生きていくために必要なものであり、性欲は人類が存続していくために必要なものであるというように、
気質の性は本来、別に悪でも何でもありません

むしろ、人間にとってよいものです。

しかし、食欲のおもむくままに他人の食べ物を略奪したり、性欲のおもむくままに他人を強姦したりするのは、異常な(悪い)ことです。
 
そういうわけで、朱子学は、欲そのものは否定せず、
欲をほしいままにすることを否定します。

つまり、よりよく生きるためには、欲望にふりまわされないよう、欲望を人間らしくコントロールすることが必要だというわけです。

そして、欲望を人間らしくコントロールしているときには、本然の性(人間性)が気質の性(動物的本能)よりも優位にあります。

3.二種類の心│道心と人心

本然の性(理)にもとづく心を道心と言い、気質の性(気)にもとづく心を人心と言います。

道心とは、良心や善い心のことです。人心とは、利欲や悪い心のことです。

この道心と人心に関して朱子は、次のように言っています。

「形(気)のない人間はいないので、どんな偉い人にだって人心(悪心)があります。また、性(理)のない人間はいないので、どんな愚か者にだって道心(良心)があります。

両者が心のなかでごちゃまぜになったままで、しかも両者をコントロールする術を知らなかったならば、危うい人心はますます危うさを増し、微かな道心はますます微かさを増して、天理という公なるものは、ついに人欲という私なるものに勝つことがありません」(『中庸章句』「序」)と。

なお、文中に言う「公」とは、私心がなく、公正であり、客観的であることです。

また、「私」とは、公正でなく、私心があり、主観的であることです。

その人が「公」であるか、それとも「私」であるかは、たとえば、次のようにして決まります。

善し悪しを判定するとき、客観的に判断して善し悪しを決定するなら、その人は「公」です。

しかし、個人的な好き嫌いで善し悪しを決定するなら、その人は「私」です。

ついでに参考までにあげておくと、朱子は次のようにも言っています。

「精をすれば、道心と人心とをきっぱりと分別することができ、両者をごちゃまぜにしてしまうことはありません(訳者注│精=心をまじりけなくすること)。

また、一をすれば、本心という正しきものを保つことができ、それをなくすことはありません(訳者注│一=心を一つにまとめること)。

少しも中断することなく精一につとめ、必ず道心を一身の中心にすえるようにして、人心を道心のコントロール下におくようにすれば、危うきもの(人心や人欲)は安まり、微かなもの(道心や天理)は著らかとなって、何をするにしてもおのずと中よくできるようになります」(『中庸章句』「序」)と。

つまり、気の向くままに流されて生きるのではなく、よく考えて理にかなった生き方をし、しっかりして性にあった生き方をすることが大切だということです。

4.二種類の情│四端と七情

性から情が発しくるわけですが、本然の性から発しくる情を四端と言い、気質の性から発してくる情を七情と言います。

四端とは、

惻隠(他人の不幸をあわれみいたむ心)、

羞悪(自分の不善を恥じ、他人の不善を憎む心)、

辞譲(人に譲る心)、

是非(善悪をわきまえる心)の四つの情のことです。

簡単には、「感情のない人間は人間ではない」というときの「感情」が、四端です。

なお、本然の性のなかには仁・義・礼・智がもとから備わっているわけですが、惻隠とは仁から発する情で、羞悪とは義から発する情で、辞譲とは礼から発する情で、是非とは智から発する情です。

七情とは、喜び、怒り、悲哀、恐怖、愛好、憎悪、欲望の七つの情のことです。

簡単には、「感情的になればまちがう」と言うときの「感情」が、七情です。

もちろん、七情そのものは、別に悪くありません。

ただ、それらにとらわれてしまうと、喜びうかれたり、怒りに我を忘れたり、悲しみにくれたり、楽しみにうつつをぬかしたり、溺愛したり、憎しみすぎたり、欲望のほしいままとなったりしてまちがってしまいます。



朱子学入門(近思録)

三、朱子学における人生

1.天命

(1)天命が人生を左右すること

朱子学では、たとえば「人や物の生も、吉凶禍福も、すべて天の命じるところです」(『孟子集註』)とあるように、人生のすべては天命によって決定され、その天命には何ものも逆らうことができないと考えています。

ちなみに、天命とは、運命、天の命令、天の意志、天から与えられた使命などのことです。

この天命は、たとえば、次のように作用します。

例(ある人が生まれてくるにあたって、貧乏な家に生まれてくるか、それとも裕福な家に生まれてくるかは、天命によって決定されます。)例(何かするにあたって、それに成功するか、それとも失敗するかは、天命によって決定されます。)

(2)天命は人のためになること

朱子学では天命を、人を害するものとしてではなく、人のためになるもの(人生にプラスに作用するもの)として認識しています。

このことは、次のような理由によるものと考えられます。

朱子学は、中国の伝統的な思想の一つである「
天人合一思想(天と人とはもともと一つであるとする思想)」の立場に立っていて、「天命を与える主体(天)」と「天命を与えられる客体(人)」とはもともと同じものであると考えています。

つまり、天命は、天によって決められていると言えるだけでなく、もともと人によって決められているとも言うことができるというわけです。

そして、人間は、利己的なものなので、遠慮なく自分の好きに決定できるときには、自分に不利な決定はせず、自分に有利な決定をするものです。

ですから、人の人生を左右する天命は、人にとって有利になるように設定されていると考えるのが自然だということになります。

こうして、天命は人のためになると結論づけられるわけです。

ところでこのような天命に対する信頼は、
朱子学者の人生観と一般人の人生観とを大きく違ったものにします

たとえば、人生に何か障害があったとします。

このとき、天命を信頼しない一般人なら、その障害を単なるじゃまものとして除去しようとします。

しかし、朱子学者なら、「自分の人生にこのような障害がもたらされたのは、天命だ。

そして、
天命は自分のためになるようになっている

だから、この障害も自分のためになるにちがいない。

では、どうすれば、この障害を生かせるだろうか」と考え、「 禍 を転じて福となす」ことをめざします。

たとえば、「この障害は、天が自分を鍛えてくれているのだ」と考えることで、「禍を転じて福となす」朱子学者もいるかもしれません。

2.人や物の生と天命

(1)気稟│もちまえ

世の中にある存在は、みんながみんな、まったく異なっています。

たとえば、貧乏な家に生まれる人もいれば、裕福な家に生まれる人もいます。

また、生まれつき強気な人もいれば、生まれつき弱気な人もいます。

また、過去に生きた人もいれば、未来に生きるであろう人もいます。

また、人間として生まれてくる存在もあれば、動物として生まれてくる存在もあります。

このような違いを生み出す原因として、朱子学では気稟を考えています。

気稟とは、天から気(材料)を受けとることです。

つまり、朱子学では、天から受けとる気(材料)が違うので、多種多様な存在が形作られるようになると考えているのです。

この気稟については、次のように考えると分かりやすいでしょう。

人を形作るにあたって、以下のような材料群
A〜Bがあったとします。

以上の材料群から、
「A」「A」という材料を選んで人を形成すれば、その人は「貧乏な家に生まれた、強気な男性」になります。

また、
「B」「B」という材料を選んで人を形成すれば、その人は「中流の家に生まれた、おちついた女性」になります。

もちろん、どのような材料が選ばれ、どのような人として形成されるかは、すべて天命(天の意志)によって決定されます。

(2)善悪の分かれ目としての気稟

朱子学では、人間はもともと善なのだけれども、気稟のために自分本来の善さをなくし、悪くなっていくことがあると考えています。

すなわち、「いい材料をたくさん使って作られた人は、できのよい人となり、人間本来の善さをなくしにくくなる。

あまりよくない材料をたくさん使って作られた人は、できの悪い人となり、人間本来の善さをなくしやすくなる」としているのです。

たとえば、生まれつき怒りっぽい人は、生まれつきおちついている人にくらべ、すぐに怒りに我を忘れやすくなるので、まちがいを犯しやすくなるものです。

また、荒廃した家庭に生まれた人は、円満な家庭に生まれた人にくらべ、心安らぐ時間が極端に少なくなり、心の健康が害されがちとなるので、心がすさみやすくなるものです。

しかし、劣った気稟のもちぬしは必ず悪くなるというわけではありません。

朱子学では、どんなに劣った気稟のもちぬしでも、学ぶことによって必ず聖人になれるとしています。

つまり、人の善し悪しは、決して固定的なものではなく、本人の努力によっていくらでも変えることのできる、流動的なものなのです。

たとえば、生まれつき怒りっぽい人も、「つねに平静さをなくさないように気をつけよう」という意志をもって努力していれば、だんだんと怒りっぽくなくなっていくものです。

また、荒廃した家庭に生まれた人も、「何があっても良心をなくさず強く生きよう」という意志をもって努力していれば、つねに自分をしっかりと保つことができるものです。

ちなみに、このような事情から、聖人になるために努力することを「気質(気稟)を変化する」とも言います。

(3)楽しい人生

優れた気を受けとった人は優れた人となり、劣った気を受けとった人は劣った人となります。

そのことは、人生が有利になるかそれとも不利になるかに直接むすびつきます。

たとえば、美しい外見をもって生まれてきた人は、美しくない外見をもって生まれてきた人にくらべ、異性にもてやすくなるので、恋愛においては有利になります。

そして、その人がどのような気を受けとるかは、天命によって決定されます。

となると、天命は、人を差別しているわけですから、不公平なものだということになります。

すなわち、天命は、有利(優秀)な気稟の人にとってはプラスなものですが、不利(劣悪)な気稟の人にとってはマイナスなものです。

しかし、
朱子学では、天命はだれにとってもプラスになると考えています

このことについては、すでに述べたとおりです。

たとえば、先の恋愛の例に関して言うと、外見の美しくない人が朱子学者なら、その人は「外見の美しくない自分は、外見だけで人を好きになるような人に近づかれなくてすむので、本当の愛をみつけることができる。

ともあれ、中身を磨いてがんばろう」と考えるでしょう。

3.吉凶禍福と天命

朱子学は、「善因善果」「悪因悪果」的な考え方をしています。

すなわち、「善いこと」をしていれば幸運にめぐまれるし、「悪いこと」をしていれば不運にみまわれる、と考えています。

このことは、『近思録』「第十二巻」の最初(二)に出てきます。

また、『易経』「繋辞上伝」には、「天が助けるのは道に従っている人です」とあります。

(注│善因善果=善いことをしていれば善い結果に終わること。悪因悪果=悪いことをしていれば悪い結果に終わること。)

ただし、成功した人が必ずしも「善いこと」をしている人であるとは言えないことに注意してください。

失敗した人が必ずしも「悪いこと」をしている人であるとは言えないことも同様です。

いわゆる「逆もまた真ならず」というわけです。

ところで、朱子学的に考えるなら、「性にあったこと」や「理にかなったこと」が「善いこと」になります。

なぜなら、性は善であり(性善説)、その性と理とは同じもの(性即理)だからです。

ですから、「性にあわないこと」や「理に反したこと」は「悪いこと」になります。

4.人事をつくして天命をまつ生き方

(1)朱子学的にみてベストな生き方

朱子学的にみてベストな生き方とは、「人事をつくして天命をまつ」生き方であり、それは次のような生き方です。

私たちは、「善いこと」をするのも、「悪いこと」をするのも、まさに自由に選択することができます。

ですから、人は、「善いこと」をするために人事をつくすこと(努力すること)が必要です。

(注│善いこと=理にかなったこと・性にあったこと。)

しかし、
死生寿夭も、貧富貴賎も、利害得失も、成功失敗も、ともかく人生のすべてが天命によって決定されます。

ですから、私たちは、自分のすべきことをすべてしたなら、あとはあくせくせずにゆったりとかまえて天命をまつことが大切です。

すると、「善いこと」のできている人は、とちゅうにどんな困難があったとしても、最終的には成功しますし、そうでない人は、最初はどんなにうまくいっていても、最終的には失敗します。

(2)朱子学的にみてベストでない生き方

朱子学的にみてベストでない生き方は、「人事をつくして天命をまつ」ことをしない生き方です。

その生き方としては、二つ考えられます。一つは、「
人事をつくさず天命をまつ」生き方で、たとえば「すべては天命(運命)が決めるのだから、努力するだけムダだ」としてなまける生き方です。

もう一つは、「
人事をつくして天命を無視する」生き方で、たとえば、「何が何でも、どんなことをしてでも、必ず成功してやるぞ」とあくせくして無理する生き方です。

5.二種類の「まこと」│誠と忠信

(1)誠

朱子学では、誠は天の道であり、誠になれるように努力するのが人の道であるとしています。

その誠とは、真実無妄(まったく本当でウソいつわりがない)ということであり、 無 為 (よけいな作為がない)ということであり、自然無妄(自然であってデタラメでない)ということです。

もちろん、誠は善いものです。

なお、誠は、理であり、性であるともされています。

(2)忠信

朱子は、「忠信は、真実であり虚偽のないことです。

少しも欠けたり途切れたりすることなく飾らず正直にやっていき、やめたりしないことです」(『朱子語類』)と言っています。

また、「忠は内面より現れ出ますし、信は実際の事にそくして言われるものです。

忠は、要するに、自分の心をつくすことです。

信は、要するに、自分の道理をつくすことです」(同上)とも言っています。

さらに、「己をつくすこと(自分にできるかぎりのことをすること)、これを忠と言います。

実を以いること(確かさをモットーにすること)、これを信と言います」(『論語集注』)とも言っています。

つまり、忠信とは正直であること、忠とは本心をつくすこと、信とはいつわらないことです。

(注│本心=「生まれつきもっている正しい心」、「いつわり飾らない心」=本性。)

ところで、世の中には「忠とは、上の人に対して柔順であることだ」と考えている人もいますが、それは誤解です。

忠とは、相手とぶつかることを厭わず、自分の良心をつらぬき、それをまっとうすることです。

相手に迎合することではありません。

たとえば、上司が明らかに正しくない決定を下したとします。

このとき、「それは正しくありません。

どうかやめてください」と上司に反対する部下は、忠だと言えます。

逆に「分かりました。さっそく実行します」と上司に同意する部下は、忠だとは言えません。



朱子学入門(近思録)

四、朱子学における学問

1.何のために学ぶのだろう?

朱子学において、学ぶことは、聖人になるためにあります。

聖人とは、理想的な人のことです。

どのように理想的なのかというと、誠の人で、みんなによい影響をもたらす人なのです。

また、聖人とは、
仁・義・礼・智といった徳を体現している人でもあります。

このような聖人になることをめざして、朱子学では学ぶのです。

ですから、朱子学は、博文強記(何でもかんでもむやみやたらに暗記して知っていること)や巧文麗辞(文章をうまくし、言葉をかざりたてること)をめざして学ぶことを真の学問とはみなしません。

単なる玩物喪志(表面的な華やかさに心を奪われて、自分の志を見失うこと)とみなすだけです。

2.聖人になるための方法は?

朱子学では、「聖人とは、特別な人だけにしかなれない特別な存在ではなく、学ぶことによってだれもがなれる存在だ」としています。

その基本的な方法は、
復性(性に復すること)です。

今風に言えば、本当の自分に戻ることです。

この復性は、性にあった生き方(自分にふさわしい生き方)ができるようになることをめざします。
 
ところで、
性即理(性=理)なので、復性とは、理にかなった生き方(客観的にみてよい生き方)ができるようになることをめざすことであるとも言えます。

つまり、復性とは、「性にあった生き方=理にかなった生き方」の実現をめざしているのです。

そして、性にあった生き方ができるようになるための方法を居敬と言い、理にかなった生き方ができるようになるための方法を窮理と言います。

朱子学における学問(聖人になるための学問)は、この
居敬と窮理とを二大中心として構成されています。

では、以下、それらについて個別にみていきたいと思います。

3.居敬=敬にいること│主体的であろう

(1)居敬とは何だろう?

居敬とは、敬にいることです。
すなわち、動くときにも敬し、静かにしているときにも敬し、いつでも、どこでも、つねに敬するようにすることです。

とは、主一無適(心が散漫にならないようにし、他に心を奪われないようにすること)であり、主事(みずから率先して事にあたること)であり、要するに、自分に主体性を確立すること(例│心をひきしめ、心ここにあらずといった放心状態になったり、考えなしに軽はずみな言動をしたりなどしないようにして、自分をしっかり保つこと)です。

なお、敬していると、おのずと心がまっすぐになる(心がゆがんだりしない)とされています。
 
朱子学は、性善説の立場に立っています。

ですから、人間はもともとまちがっていないので、本来の自分をなくさないように気をつけていれば、悪くなることはないと考えるわけです。
 
そういうわけで、動くときにはみずからの心の声(良心)の命じるままに行動するようにし、静かにしているときにはじっくりと心の根本を養い育てて芯が強くなるようにします。

このようにして、つねに心を保持して、主体性をなくさないようにします。それが
居敬です。

(2)未発と已発

敬は、くわしく言うと、心の状態に応じて二つに分けられます。それは、次のようになっています。

朱子学では、心は確かに一つなのだけれど、動と静の二つの状態があるとしています。

そして、
心が静の状態にあることを未発(未だ発いていない)と言い、心が動の状態にあることを已発(已に発いている)と言います。

未発とは、たとえば仕事も何もしていない、たった一人でいるときの静かな状態の心です。

このとき、心の本体(性)は、他のなにものにも動揺させられることがないので、その全き姿が保たれています。

已発とは、たとえば仕事か何かしている、万事万物に対応する必要があるときの動いている状態の心です。

このとき、心の本体(性)は、一身をふくめて万事万物に刺激されて、何かを感じたりとか、何かを思ったりなどの、さまざまな作用をしています。
 
そして、
居敬は、それら二つの心の状態に応じて、未発における敬と已発における敬の二つに分けられるわけです。

では、次にそれらについてみていきましょう。

(3)未発における敬│心の健康を増進して芯を強くすること

未発における敬の基本的な目的は、「私たちは、心が健康でなければ、心が弱くなってへこたれやすくなるので、芯の強さがもてなくなる。

そして、芯が強くなければ、何かあるとすぐに動揺してしまうようになるので、つねに自分をしっかり保つことができなくなり、主体性をなくしやすくなる。

そこで、心の健康を増進して芯を強くすることによって、つねに自分をしっかり保てるようにし、主体性をなくさないようにしよう」というものです。

ですから、心が病気な人にとっては、心がそのまま衰弱して死んでしまわないようにするために、心の健康を回復するための努力をすることが、この未発における敬にあたります。

また、心が健康な人にとっては、心が病気にならないようにするために、つねひごろから心の健康に気をつけ、心を生き生きさせるための努力をすることが、この未発における敬にあたります。

そして、この
未発における敬を実践するための方法として、たとえば主静・存養・静坐などがあります。

なお、今では、心理療法(精神医学)が、朱子の時代にくらべ、かなりゆきとどいているので、心が病気な人は、心療内科の先生に相談する方が有効でしょう。

では、次に、
主静・存養・静坐について、それぞれ個別にみていくことにします。

主静とは、気をちらすよけいな考えや、心を乱すさまざまな思いを去り、心を静かに保つことです。

無欲になれば、心は静かになるとされています。

一般的に言って、欲ばりな人というのは、満足するということを知らないので、なかなか心がおちつかないものです。

なお、ここでいう無欲とは、あらゆる欲をなくすことではありません。

本然の性(本当の自分)に逸脱するような欲をなくすことです。

欲をすべてなくせば、意欲までなくなって、無気力になってしまいます。

そんな人間は、まさに生ける 屍 です。

ちなみに、参考までに述べておくと、心理療法で用いられるリラクセーションをすること(例│あおむけに寝転んで軽く目を閉じ、全身の力をぬいて何も考えないようにし、心身が自然にリラックスしてくるのをのんびりまつこと)も、この主静に役立つでしょう。

存養とは、本心をしっかりとつかまえてなくさないようにし、本性を大切にしてダメにしないようにすることです。

簡単には、本心や本性を養い育てることです。たとえば、心理療法で用いられるセルフトレーニングをすること(例│楽な姿勢でイスにすわって目を閉じ、よけいなことは考えずに頭のなかをからっぽにし、そして自然にゆっくりと息を吸いこみ、「ひとーつ」と言いながら自然にゆっくりと息を吐き出す、そういった動作をくりかえすこと)が、この存養に役立つでしょう。

存養をしていれば、人間が本来もっている天理をなくさずにすむとされています。(補足│その他に、自立訓練法をすることも役立つかもしれません。)

静坐とは、静かに座って自分なりにじっくり考えることです。

私たちは、いつもせわしくしていると、心が疲れてしまいます。

心が疲れてしまうと、心が病気になりやすくなってしまいますし、人当たりも悪くなってしまいます。

ですから、たまには世間の喧噪から離れて、ひとり静かに考える時間が必要なものです。

そんな時間をもつためにするのが、この静坐です。

こうして、心をリラックスしたり、自分自身をみつめなおしたりするわけです。
 
ところで、以上に述べた未発における
敬は、涵養の重要な手段でもあります。

涵養とは、水がしみこむようにじわじわと徳性(本性や本心)を養成することです。

簡単には、心の根本(心の本体)を養うことです。

(4)已発における敬│良心を大切にして強め、悪心を圧迫して弱めること

已発における敬の基本的な目的は、「人間はだれしも道心(良心)と人心(悪心)をもっている。

そして、道心が人心にリードしていれば何の問題もないのだけれど、人心が道心にリードするようになると道をあやまってしまう。

そこで、つねに道心が人心にリードするようにするために、道心を大切にして強め、人心を圧迫して弱めるようにしよう」というものです。
 
つまり、朱子学は性善説の立場に立っているので、道心が本当の心(本当の自分の心)であり、人心はニセの心(ウソの自分の心)であるとします。

そして、本当の心をなくせば、悪心のために自分がだらしなくなってしまうのですから自分をしっかり保つことはできませんし、自分が本当の自分ではなくなってしまうのですから真に主体的であるとも言えません。

そこで、道心の強化をめざすわけです。言い換えれば、
克己復礼(人欲を去り天理に戻ること)をめざすわけです。

そして、この克己復礼の方法として、たとえば
省察・察識・慎独などがあります。

では、次に、省察・察識・慎独について、それぞれ個別にみていくことにします。

省察とは、自分自身を反省してよく考え、自分に悪い点があればそれを改善することです。

たとえば、何か失敗をしでかしたときには、それを安易に人のせいにしたりせずに、「自分のどこに悪い点があったのだろうか」と反省するようにします。

私たちは、おうおうにして、本当は悪いと分かっていながらも、罪の意識や自責の念から逃れるために、自分の悪い点を正当化しようとしがちなものです。

しかし、そんなことをしていては、たとえ人間の本性が善であるにしても、かえって悪心のほうを強め、自分本来の善さ(良心)を弱めることになります。

いつまでたっても、自分本来の善さ(良心)を強めることはできません。要注意です。

察識とは、自分の心を観察して善い心と悪い心とをハッキリ見分け、善い心に従って悪い心に打ち勝つことです。

たとえば、就職試験で、自分は失敗したにもかかわらず、Aさんは成功したとします。

このとき、ねたましさから「Aのやつめ、失敗すればよかったのに」と思ったとします。

と同時に、そんな自分の思いに対して、「そのように思うのは、よくないことだ」と思ったとします。

このような、自分のなかで悪意と善意とが対立するようなことは、よくあることです。

このとき、「Aのやつめ、失敗すればよかったのに」という悪意を抑え、「そのように思うのは、よくないことだ」という善意を揚げるようにします。

それが察識の実践となります。

慎独とは、たとえ自分一人でいて、だれにもばれる心配がなくても、自分の良心に忠実に生き、決して悪いことをしないことです。

このようにしていれば、自分をしっかり保ち、主体的に生きるのに役立つ自律心を養うことができます。

(5)敬の効果=恭

朱子学では、人は、敬に心がけていると、おのずと見た目が恭になるとしています。

恭とは、簡単には、きちんとしていることです。

つまり、朱子学では、中身(心)がしっかりしていると、表面(態度)もしっかりするようになると考えているわけです。

ただし、まさに「逆もまた真ならず」で、表面がしっかりしているからといって、中身もしっかりしているとはかぎらないものです。

たとえば、内柔外剛の人は、表面はしっかりしているように見えますが、その実、中身はダメな人です。

大切なことは、内柔外剛ではなく、外柔内剛であることです。

(6)敬の仲間=操存

朱子学では、心を保持する方法として、ときに操存と言うこともあります。

操存とは、心をしっかりとつかまえてなくさないようにすること(例│自分を見失って放心状態になったりすることがないように、つねに気をつけること)です。

操存をしている人は、心をなくさずにすむので、心ある人になります。

しかし、操存をせず、心をほったらかしにしている人は、心を保持することができないので、心ない人になります。

さて、では、続いて窮理について見ていきましょう。

4.窮理=理をきわめること│客観的であろう

(1)窮理の目的


窮理とは、理をきわめること(物事の道理を認識すること)です。

(注│認識するとは、よく考えて物事の本質を十分に理解することです)。

朱子学的に考えるなら、私たちは、
性善説なので、性にあった生き方(自分にふさわしい生き方)をしていれば、善い生き方をすることができます。

しかし、それは客観性を欠くので、場合によっては独善的になったり、主観的になったりしてしまう危険性があります。

そこで、物事の道理が分かるようになることによって、客観性をなくさないようにするわけです。
 
たとえば、自分がAさんと議論していて、意見がぶつかりあったとします。

このとき、たいていの場合、自分にも一理あれば、相手のAさんにも一理あるものです。

それにもかかわらず、あくまでも自分の一理にこだわって、Aさんの一理を排除しようとするなら、それは窮理しているとは言えません。

しかし、自分の一理だけでなく、Aさんの一理にも目を向けて、それに学ぶようにするなら、それは窮理していると言えます。

このように窮理していれば、他人の立場は考えずに自分だけが正しいと考えたり、自分だけのものの見方や考え方にとらわれたりすることがなくなるので、おのずと客観的になります。

(2)窮理と合理性

朱子学は、合理的であることを重んじています。そして、窮理は、合理的であることを達成するための重要な手段でもあります。

なお、ここで言う「合理的であること」とは、「こじつけたりすることなく論理的で、因習や迷信にとらわれることなく理性的であること」「道理にあっていて無理のないこと」です。

その基本は、物事をすじみち立てて考えることにあります。

(3)窮理の手段

窮理には、主として読書が用いられます。

このとき読む本は、もちろん昔の聖人や賢人たちの書いた書物(儒学のテキスト)です。

朱子は、
『近思録』→『大学』→『論語』→『孟子』→『中庸』→『五経』(『詩経』『書経』『礼経』『易経』『春秋』の五冊)の順番で読むのがベストだとしています。

なお、
『大学』『論語』『孟子』『中庸』の四冊は、『四書』と総称されたりもします。
 
朱子学では、これら『四書』『五経』をじっくりとよく読み、自分の考えを深めていくことを、読書の目的としています。

こうして自分の知性に磨きをかけていくわけです。

ちなみに、一般的に言って、読書は単に考えを深めるのに役立つだけでなく、考える力を高めるのにも役立ちます。

(4)窮理と格物致知

窮理は、格物致知と言われることもあります。
 
格物(物に格る)とは、事物の理をとことんまできわめることです。

たとえば、「性」について言うなら「性とはいかなるものか」について考えます。

また、「人民の指導者となったときには、仁にとどまらなければならない」とあったときには、「人民の指導者となったときには、どうして仁にとどまる必要があるのか」と、その理由について考えるようにします。

さらに、事に応じたり、人に接したりするときには、「いかに対応するのが正しいか」を考えるようにします。それが格物です。
 
致知(知を致す)とは、自分の知をとことんまで伸ばすことです。

(注│知=物事の道理や善悪や真偽などをわきまえ知る能力)。

人間には知があるので、いろんなことを知ることができます。

しかし、その知をとことんまで伸ばせなければ、十分に知ることができません。

知をとことんまで伸ばせると、聡明叡知の人となります。

聡とは、あらゆることを聞き分けることです。

明とは、あらゆることを見分けることです。

叡とは、あらゆることに通じていることです。

知とは、あらゆることを知っていることです。
 
致知は、格物によって完成されます。

すなわち、事物の理をとことんまできわめるためには、知をはたらかせることが必要です。

こうして知をはたらかせていれば、だんだんと知に磨きがかけられていき、知が伸びていきます。

しかし、知をはたらかせなければ、せっかくの知もサビついてしまい、曇ってしまいます。

ですから、事物の理をとことんまできわめることが、自分の知をとことんまで伸ばすために必要となってくるわけです。(注│
格物致知とは、要するに、事物の理をきわめ自分の知を伸ばすことです。)

この格物致知について朱子は、『大学章句』で次のように述べています。

「いわゆる「
知を致すは物に格るにある」というのは、「自分の知を致したいのなら、それぞれの物について、その理をきわめることだということです(訳者注│朱子学で言う物とは、人、事、物など存在一般を指します)。

思うに、人の心の霊妙さとして、知のないことはありません。

また、天下の物には、それぞれに理があります。

ただ理において、いまだきわめていないところがあるので、自分の知に不十分なところがあるのです。

それで大学教育の始まりとしては、必ず学ぶ人に、あらゆる天下の物について、すでに知っている理をふまえて、その理をきわめていき、そうしてその究極点に至ることを求めさせるのです。

そのような努力を長く続けていれば、あるときパッと心の曇りが晴れて、理に精通することになります。

そうなれば、「あらゆる物の表も裏も、精も粗も、分からないことはなくなりますし、」自分の心の完全なる本体と大いなる作用がハッキリしないこともなくなります。

以上を物が格る(事物の理がよく分かっている)と言い、以上を知の至り(自分の知を伸ばせている)と言います」。

ちなみに、
『大学章句』とは、儒学のテキストの一つである『大学』を、朱子なりに編集し解説した書物です。

5.居敬・窮理の長短

居敬をしていれば、それは性にあった生き方(自分にふさわしい生き方)をすることをめざすものなので、自己喪失にならずにすみます。

しかし、それは客観性よりも主体性を重んじることなので、自己中心になりがちという欠点をもっています。

窮理をしていれば、それは理にかなった生き方(客観的にみて正しい生き方)をすることをめざすものなので、自己中心にならずにすみます。

しかし、それは主体性よりも客観性を重んじることなので、自己喪失になりがちという欠点をもっています。

ですから、朱子学では、居敬と窮理の両立を重んじています。


朱子学入門(近思録)

五、朱子学における教育

1.朱子学の教育

(1)小学と大学

朱子学の学校教育は、小学と大学の二段階になっています。

子供たちは、八歳になれば小学に入学し、十五歳になれば大学に入学します。

ただし、大学に入学するのは、大学教育に向いた生徒だけにかぎられています。
 
小学では、を学習します(例│「万有引力の法則」に対する「ものが落ちる現象」について学習します)。

すなわち、理論的なことではなく、
具体的なことを学習するのです。

小学の教育内容としては、たとえば、掃除・応接・行動の仕方、礼法、音楽、弓道、馬車術、読み書き、算術などがあります。
 
大学では、を学習します(例│「ものが落ちる現象」に対する「万有引力の法則」について学習します)。

すなわち、具体的なことの
背後に隠された理論的なことを学習するのです。

大学の教育内容としては、たとえば、
窮理・正心・修己・治人の方法などがあります。
 
以上のように、朱子学における学校教育では、具体的なことの学習が、理論的なことの学習の基礎となっています。

具体的なことを先にするメリットとしては、「理解しやすいこと、」「机上の空論」におちいらずにすむこと、の二つが考えられます。

(2)『小学』と『大学』

朱子学においては、小学教育用の書物として『小学』があり、大学教育用の書物として『大学』があります。

内容的には、知育・徳育・体育の分類で言うと、両者はともに徳育について書かれています。

(注│徳=「人間が本来もっている良さ、」人間が生まれながらに備えている特性。)

『小学』は、自分で考えることのできる力のまだ不十分な児童や少年を対象としているので、いろんな格言や至論を教えることによって、生徒を外から善くしていこうということに主眼が置かれているようです。

『大学』は、自分なりに考えるようになる青年や成人を対象としているので、生徒が内なる理(本当の自分)を自覚できるようにすることによって、内からおのずと善くなるようにしようということに主眼が置かれているようです。

ちなみに、『大学』の主な内容を簡単にまとめると、次のようになります。

・三綱領=明明徳。新民。止至善。

 ○明徳を明らかにすること=自分の徳を目覚めさせる→修己。

 ○民を新たにすること=相手に感化を及ぼして相手の徳を目覚めさせる→治人。

 ○至善に止まること=ベストであること。

・八条目=[格物→致知→誠意→正心→修身→斉家→治国→平天下]。

 ○格物(物に格ること)=事物の理をとことんまできわめること。
            →これにより自分の知恵が向上していきます。

 ○致知(知を致すこと)=自分の知をとことんまで伸ばすこと。
            →これにより事物の本質を深く知ることができます。

 ○誠意(意を誠にすること)
  =自分で自分をあざむかず、自分で自分を快くすること。
   (みずからの良心に忠実に生き、うしろめたさをなくしてすっきりすること)

 ○正心(心を正しくすること)
  =感情的にならないこと。理性的であること。

 ○修身〜斉家(身を修めること〜家を斉のえること)
  =私情をなくして客観的に判断する。

 ○斉家〜治国(家を斉のえること〜国を治めること)。
  =身近な人をよくできないのに、疎遠な人をよくすることはできない。

 ○治国〜平天下(国を治めること〜天下を平らかにすること)。
  =相手の身になって考えること、徳が根本で財は末節であること、など。

2.教育と政治

朱子学では、物質的充足(物の豊かさ)と精神的充足(心の豊かさ)の両立をめざしています。

というのも、人間は、物質的充足が不十分だと生きてはいけませんし、精神的充足が不十分だと人間らしさをなくしてしまうからです。

このように
物質的充足と精神的充足は、相互に補完しあう関係にあります。
 
そして、物質的充足は、きちんとした政治によってもたらされ、精神的充足は、きちんとした教育によってもたらされます。

すなわち、政治がでたらめだと、人々の生活が苦しくなり、物質的充足が得られなくなりますし、教育がでたらめだと、人々の心が荒廃していき、精神的充足が得られなくなります。

ところで、たとえば「恒産なき者、恒心なし(衣食足りて礼節を知る)」という言葉もあるように、精神的充足をもたらすためには物質的充足がぜひとも必要です。

しかし、精神的充足のできている人は、非道なことをしてまでも物質的充足を守ろうとはしなくなるとされています(まさに「君子は義に喩り、小人は利に喩る」のです)。

つまり、先後関係で言えば、まず物質的充足をもたらすことが先決なのですが、優劣関係で言えば、精神的充足が優位にあるのです。

ちなみに、『論語』に、次のような話があります。

「孔子は衛の国に行ったのですが、そのとき、冉有が孔子の乗っていた馬車の御者をしていました。

孔子が 「衛の国には、たくさんの人がいるなあ」と言うと、冉有が「これほど人口を増やせたなら、次は何が必要でしょうか」とたずねました。

それに対して孔子は、「みんなを富ませることです」と答えました。

(朱子の注│人がたくさんいても、みんなが富んでいなければ、生きていくことができません。

ですから、みんなに田畑を与え、税金を少なくして、みんなを富ませるのです)。

さらに冉有が「みんなが富んだなら、次は何が必要でしょうか」とたずねると、孔子は「みんなを教育することです」と答えました。

(朱子の注)富んでも教育しなければ、ケダモノと同じようになります。ですから、学校を立て、 礼 と 義 を明らかにするのです)」と。

さて、物質的充足と精神的充足がみんなに行き渡ったとき、理想社会が実現されることになります。

古人の言葉で言えば、いわゆる
「大同の世」が実現されるわけです。


なぜ中韓はいつまでも日本のようになれないのか わが国だけが近代文明を手に入れた歴史の必然

常識として知っておきたい日本の三大宗教―神道・儒教・日本仏教 (KAWADE夢文庫)






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